五人編成
深層十六区に入る前、班は五人だった。
多くもない。少なくもない。
救助と戦闘を両立させるには、ちょうどいい人数だとされていた。
前を行くのは、先任の班長。
剣の扱いに癖がなく、判断も速い。
部下からの信頼も厚かった。
斧使いが一人。
術師が一人。
弓が一人。
そして最後尾に、副官の彼がいた。
濃度石は赤。
だが差圧布は、揺れていない。
(風が……読めない)
彼は歩きながら、何度も布を見た。
揺れないのは安全ではない。
揺れないという異常だ。
「通信が途絶えた地点は、この先だ」
先任班長が、地図を指で叩く。
声に迷いはない。
「布が立たないな」
副官が言うと、斧使いが鼻で笑った。
「深層じゃよくある。毒が重いだけだろ」
術師も頷く。
「石は赤止まりだ。致死域じゃない」
正論だった。
彼自身、それが分かっていた。
――だから、言葉を飲み込んだ。
違和感は、説明できないときにこそ危険だ。
だが説明できない違和感ほど、信用されないものもない。
通路は広がり、天井が低くなる。
空気が、重くなる。
音が、少しずつ鈍る。
(……まだ一巡していない)
風を読むには、布の反応を最低でも一巡分は見る必要がある。
彼は、歩数と拍を数えていた。
――その途中で。
「剣、抜け」
先任班長が言った。
即断だった。
判断としては、正しい。
敵影不明。
通信断絶。
毒域。
剣を抜かない理由はない。
副官は、一瞬だけ手を止めた。
(早い)
胸の奥で、何かが鳴った。
だが命令だった。
彼は剣を引き抜いた。
その瞬間――
濃度石の色が、変わった。
赤から、紫へ。
「……!」
言葉になる前に、空気が死んだ。
風が、流れなくなった。
音が、吸われる。
酸の匂いだけが、急に濃くなる。
「退――」
先任班長の声が、途中で途切れた。
斧使いが、膝をつく。
術師が、咳とともに崩れる。
五秒もなかった。
風がない。
音が届かない。
剣を抜いたことで、
空気がわずかに動いた。
それが、酸の流れを誤らせた。
(……しまった)
副官は、剣を握ったまま立ち尽くす。
布はない。
風向が、分からない。
叫んでも、届かない。
命令は、四語を超えていた。
五語になった瞬間、意味を失う。
彼は震える手で、一歩だけ前に出た。
布の近く。
風に、指をかざす。
唇だけが、動いた。
「……右」
誰も聞いていなかった。
だが、その一拍後。
肩に、ごく小さな風圧が触れた。
(抜ける……)
彼は、剣を鞘に戻した。
音を立てないように。
そして、無言で手招いた。
残った二人が、彼の背に続く。
それで、生き残った。
第十六区から戻ったとき、
五人編成は、三人になっていた。
先任班長は、処分された。
理由は単純だった。
判断が早すぎた。
正しくて、早すぎた。
副官は呼び出され、短く言われた。
「次からは、お前が前に立て」
名は、まだなかった。
責任だけが、先に置かれた。




