西園寺家須磨子は漸く恋を知った
額に落ちた桐生の口づけ。
その温もりを胸に抱きしめたまま、須磨子は小さく息を吸った。
「……ありがとうございます……悠真様……」
その瞬間──
桐生悠真は、
一度死んだ。
いや、正確には「意識が天に昇った」。
(……む、無理……っ……
名前……呼ばれただけで……っ)
桐生の脳内は白い光に包まれ、
心臓がきゅうっと跳ねて息が止まる。
須磨子は、その反応に気づきながらも、
胸の奥に残る“いただいてばかり”の気持ちを見つめていた。
(……でしたら……わたくしも……お返しを……)
そっと彼の方へ向き直り、
緊張に震える指でスカートをつまむ。
「……悠真様」
「…………っ……は……い……っ」
返事がかろうじて人の形を保っている。
須磨子は桐生の左頬に視線を落とし、
ためらいがちに言葉を紡いだ。
「先ほどの……額への口づけ……
本当に……嬉しゅうございました」
(ま、待ってくれ須磨子様……
それ言われるだけで俺また死ぬ……!)
桐生が瀕死のまま固まっていると──
須磨子は静かに距離を詰めた。
「ですので……その……
お礼を……させていただければと……」
「っっっ!?!?」
音にならない悲鳴が洩れた。
そして──須磨子は目を閉じ、
そっと頬へ……ほんの一瞬……
ちゅ。
柔らかく、儚く、
夢のような口づけが落ちた。
桐生悠真、
本日二度目の昇天。
身体がびくりと震え、
世界が一拍遅れて戻ってくる。
(……こ、これ以上は……
心臓……持たない……っ)
息も絶え絶えな桐生に、
須磨子はふっと恥じらいの微笑みを見せた。
「……迷惑……では、ありませんでしたか……?」
「め、迷惑……どころか……
むしろ……俺の寿命が延びたり縮んだり……」
もはや言っていることが混乱している。
須磨子は両手を膝の上でぎゅっと重ね、
勇気を搾り出すように小さな声で続けた。
「……でしたら……
つぎは……その……ほっぺでは……済まない、かもしれません……」
「…………っっ!!!!??」
桐生悠真、
三度目の昇天にして完全撃沈。
その夜、
西園寺須磨子は恋を知り、
悠真は“恋で殺される”という概念を理解したのであった。




