触れたひたい、零れた想い
しままちの帰り道。
恋人繋ぎの余韻がまだ手のひらに残っている。
須磨子は歩きながら、
桐生の横顔を何度もそっと見つめた。
(……桐生様……とても……緊張なさっている……)
繋いだ指はほんのり熱く、
それでも離そうとはされなかった。
その事実だけで、須磨子の胸はじんわりと満たされていく。
◆ 公園のベンチ
「……少し、座りませんか?」
桐生の提案に、須磨子はこくりと頷いた。
並んで腰を下ろした瞬間──
ふたりの距離が、思った以上に近い。
(……あ……近い……)
(……須磨子様……近い……!)
どちらも目を逸らし、
どちらも胸が跳ね上がっているのに、
それでも離れなかった。
◆ 静かな風の中で
「本日は……本当に楽しかったです」
須磨子が、そっと言う。
「桐生様とご一緒して……
わたくし……何度も、胸が温かくなりましたの」
桐生は一瞬、言葉を失った。
「……俺も、です。
須磨子様といると……なんというか……
全部が……すごく、特別に感じて」
須磨子の胸が甘く震える。
(……“特別”……)
その言葉だけで、視界がじんわりと滲んだ。
◆ 風が髪を揺らし──
ふいに、風が吹いた。
須磨子の前髪がふわりと浮き、
白い額があらわになる。
桐生は反射で視線をそらした。
けれど、すぐに戻ってきてしまう。
(……綺麗だ……)
胸がきゅうっと締め付けられる。
そして、桐生は“それ”が
ずっと喉の奥につかえていたことに気付く。
(……したい……
ずっと……したかった……)
けれど、許可なく触れることなどできない。
だから桐生は、
決心したように姿勢を正した。
「……須磨子様」
「……はい……?」
須磨子は、桐生の声の震えに気づいた。
そして──その震えは、なぜか嫌ではなかった。
◆ 桐生のお願い
「……失礼かもしれません。
でも……どうしてもお伝えしなければと思って」
須磨子の心臓が、静かに跳ねる。
桐生は、ほんの少しだけ視線を落とし、
「……おでこに……口づけさせていただいても、よろしいでしょうか」
須磨子は、息をのみ──
頬が一気に熱を帯びた。
(……せ、接吻……?
……でも……“おでこ”……?
なんと……なんと……)
胸が甘くしびれ、視界が揺れる。
断る理由など、どこにもなかった。
須磨子は、震えながら指先で前髪をそっと分けた。
「……こちらへ……どうぞ……」
そのしぐさはあまりにもけなげで、
あまりにもまっすぐで、
桐生の呼吸を完全に奪った。
◆ でこちゅー
桐生はゆっくりと手を伸ばし──
すべての動作を慎重に、丁寧に。
そして。
かすめるだけの、やわらかい音で。
──ちゅ。
須磨子の肩が、小さく震えた。
光が弾けたように胸が熱くなり、
指先までもが愛おしさで満ちていく。
(……ああ……こんな……)
そして須磨子は、
そっと目を閉じたまま唇を開いた。
「……ありがとうございます……悠真様……」
桐生はその瞬間、完全に固まった。
(……い……いま……
いま俺……名前……今名前……!!)
脳がオーバーヒートし、
視界がぐらりと揺れる。
桐生はベンチの背に倒れ込み、
空を仰いだまま動けなくなった。
「ゆ、悠真様……?
お、お加減が……!?」
「だいじょうぶです……だいじょうぶじゃないです……」
桐生の声は完全に昇天前。
(……これ……生きて帰れる気がしない……)
須磨子は両手で頬をおさえ、
胸の奥がひたひたと満ちていくのを感じていた。
(……“悠真様”と……
呼んでしまいました……わたくし……)
風はやさしく、
並んだ影はひとつのように寄り添っていた。




