待ち合わせ:まだ触れてもいないのに胸が苦しい
◆須磨子サイド:初めての“庶民駅前待ち合わせ”
駅前の広場に降り立った須磨子は、
バッグを胸の前でそっと抱えながら辺りを見渡した。
(……桐生様……まだいらしていないようで……)
ほっとしたような、少し残念なような。
胸の奥で複雑な想いが揺れる。
慣れない庶民駅前のざわつきも、
今日はなぜか少しだけ心地よかった。
(今日……わたくし……
“お出かけが楽しみ”という気持ちで朝を迎えましたのね……)
気付けば頬に微笑みが宿る。
けれど次の瞬間──
人混みの向こうから、桐生が走ってくる姿が見えた。
息を切らし、髪を整える余裕もなく、
それでも必死にこちらへ向かってくる。
その姿を見た瞬間、
(……っ……)
胸が、ひとつ跳ねた。
◆桐生サイド:人生で一番“走った理由”が美しい
(間に合え……間に合え……っ!)
電車が1本遅れ、桐生は駅の改札を出るなり駆け出した。
息は苦しいが、それ以上に──
(須磨子様を……待たせたくない……!)
その一心だった。
そして視界の先、
白いブラウスにラベンダーのスカートの女性が、
凛と立っているのが見えた。
陽を受けて、柔らかい髪が揺れる。
桐生は一瞬、足を止めそうになった。
(……綺麗……)
喉の奥がきゅっと締まる。
(いや、待たせてる場合じゃねぇ!!)
再び駆け出し──
須磨子の前で、勢いよく深く頭を下げた。
◆ふたり:まだ挨拶だけなのに甘い
「す、須磨子様……っ、すみません……お待たせして……!」
桐生は息を整えられず、
それでも真っ直ぐな瞳で須磨子を見つめる。
(ああ……胸が……苦しい……)
須磨子は胸の前でそっと手を組み、微笑んだ。
「いいえ……
わたくしも、今来たところでございます」
その微笑みは、
“安心した”と“嬉しい”が混じった、柔らかい光を帯びていた。
桐生の息が止まる。
(……やばい……今日の俺……ほんとに死ぬ……)
声にならない悲鳴を胸の中で上げながらも、
「その……本日はよろしくお願いいたします、須磨子様」
真っ直ぐに頭を下げた。
須磨子の頬が、ふわりと赤く染まる。
「こちらこそ……よろしくお願いいたします、桐生様」
2人の声が重なった瞬間──
どちらともなく、ほんの少し照れて笑った。




