胸ざわめく午後の散策
美佳様が駆け足で立ち去り、須磨子とチーフだけが残った。
突然訪れた静けさに、心臓がどくんと跳ねる。
「……美佳様、急にいらっしゃらなくなってしまいましたわね」
「ええ。随分と慌ただしいお方でいらっしゃいます」
チーフの声音は、いつもの落ち着きを失っていない。
その安定した響きに、胸の奥がまた、ふわりと揺れた。
須磨子は歩き出したチーフの横に並ぶ。
ほんの少し距離が近いだけで、呼吸の仕方すら忘れてしまいそうだ。
「あの……先日のことなのですが」
意を決して声をかけると、チーフが横目でやわらかく視線を向けてくれた。
「先日……?」
「はい。公共交通機関デビューの日ですわ。
わたくし、つい……お財布を大きく広げてしまいまして。
その……お札が丸見えになってしまって……」
思い出しただけで顔から火が出そうだ。
けれどチーフは、わずかに目を細めて答えた。
「いえ。あの場では、須磨子様のお持ち物が人目に触れぬよう、お守りしたまでです。
どうかお気になさらず」
──また、だ。
また、胸が熱くなるのだ。
落ち着いた声。
距離を保ちながら、けれど決して突き放さない紳士の態度。
どうしてこんなにも穏やかで、優しくて……。
須磨子は胸元をそっと押さえた。
「……そのように言っていただけると、安心いたしますわ」
「それならよかった。危険は、未然に防ぐのが一番ですから」
その静かな断言に、胸の奥がまたそっと動いた。
──ああ、わたくし、どうしてしまったのかしら。




