西園寺家サロンにて
朝の光がゆるやかに差し込む大きなサロン。
花の香りと紅茶の蒸気が優しく揺れる。
須磨子は、少し落ち着かない様子で椅子に座っていた。
指先は、昨日桐生と繋いだ感触を思い出して、無意識にぎゅっと握られている。
そこへ、母――西園寺夫人が静かに歩み寄った。
「おはよう、須磨子さん」
「……おはようございます、お母様」
夫人は優雅に腰掛けると、紅茶カップを手に微笑む。
「昨日は……とても“実りある一日”になったそうですわね?」
須磨子は椅子ごと跳ね上がりそうになった。
「な、なぜそれを……っ!?」
「まぁ、あなたの周りには“観察眼の鋭い方々”がいらっしゃいますもの」
(美佳様……!!)
心の中で膝から崩れ落ちる須磨子。
夫人は、茶目っ気を含んだ優しい視線を向けた。
「須磨子さん……一昨日の、桐生様との遊園地デートはいかがでしたの?」
「っ……お、お母様!!」
「そんなに驚くことではありませんわ。
わたくしとお父様も最初にデートしたときは、
あなたくらい可愛らしく取り乱しましたもの」
夫人はさらりと言う。
そう、西園寺夫妻は社交界でも珍しい“恋愛結婚”だ。
須磨子の頬が一気に染まる。
「わ、わたくし……!
桐生様の手……とても温かくて……
歩幅まで合わせてくださって……」
なぜその説明だけで、夫人が目を細めてこんなに微笑むのか。
「それはね、須磨子さん。
あの方が“あなたを大切にする人”だからよ」
「……お母様、反対なさらないのですか?」
「わたくしたち夫婦が恋愛で結ばれたのですもの。
娘の恋を否定する理由がどこにあります?」
夫人の声音は穏やかで、しかし芯が強い。
「――それに」
夫人はわざと少しだけ声を落とした。
「須磨子さんの恋路を“そっと応援する方々”が
今、社交界にいらっしゃるようですわよ?」
「……えっ?」
「本人に知らせるつもりはないのですけれどね。
あなたのために、陰で動いてくださっているのです」
須磨子さんは混乱の渦に巻き込まれた。
夫人はそれを見て、品よく笑う。
「恋というものは……時に本人より、周囲の方が熱心なのですわ」
「お、お母様……!」
「焦らなくてよろしいの。
でもね、須磨子さん?」
夫人は娘の手にそっと触れた。
「“好き”という気持ちを、遠慮で押しつぶす必要はありませんのよ」
「……はい……」
「わたくしたち夫婦のように、
あなたも自分の幸福を選びなさいな」
須磨子の胸が熱くなる。
(……桐生様……また、手を繋ぎたい……)
夫人は立ち上がり、日傘を手にして言った。
「さて、須磨子さん。
今日はいろいろと“動き”がありましたでしょ?」
「動き……?」
「あなたの恋路を応援なさる方々がね……とても張り切っていますの」
須磨子さんが真っ赤になるのを見届けて、
夫人は気品高く微笑み、サロンを後にした。




