遊園地デートの翌々日朝、社交界
◆◆ 流れ始める“恋の風聞” ◆◆
その日、社交界の朝は異様に早かった。
原因はひとつ。
名門レディたちのあいだを──“雷のような速度”で駆け抜けた噂話である。
◆◆ 噂の内容(盛りに盛られている) ◆◆
「ご存じです?
遊園地の出口で、九条院様が 公衆の面前で 須磨子様に迫られたとか……」
「『そんな庶民より僕が相応しい』などと……!
なんて身のほど知らずな……!」
「それを須磨子様が 毅然と拒まれた そうですわよ!」
「しかも──寸止めの平手打ちをご所望されたとか!」
「まあ……あの九条院様が、ついに“成敗”されましたのね……」
「社交界の恥ですわ。
わたくし、あのようなお方とはお付き合いしとうございません」
「それよりも……須磨子様の 運命の殿方 が気になりますわ……♡」
「ええ、わたくしも応援いたしますの。
須磨子様と、あのお方……とてもお似合いですもの」
──誰も“現場”を見ていないのに、話はここまで膨らんでいた。
噂は雪崩のように形を変え、
やがて 「須磨子様と桐生様の恋路を、社交界も正式に応援する」 という方向へ加速していく。
もはや止める者などいない。
火種の出所が“っち四天王”だとは、誰ひとり気づかないまま。
◆◆ 九条院家の朝 ◆◆
「……なぜだ。
なぜ僕が“公衆の面前で恥を晒した男”扱いなのだ……?」
新聞でもSNSでもない。
“口コミ”だけで家の名が傷つくなど、九条院にとって前代未聞だった。
「僕はただ、須磨子様に……!」
彼は必死に否定するが、あいにく噂は既に完成している。
──社交界において、“完成した噂”は事実より強い。
家の執事でさえ、ぎこちなく言う。
「……坊ちゃま……
少々……いえ、かなり……ご自身を省みられたほうが……」
「君まで!? なぜだ!!?」
九条院、
ここでも道化 である。
◆◆ 一方その頃 —— 須磨子 ◆◆
昼休み前。
須磨子の元にも、ちらほら噂が届き始めていた。
「まあ……皆さま、なんてことを……」
頬に手を添え、小さくため息をつく。
「そのようにおっしゃっては、九条院様がお気の毒ですわ……
……不愉快ではありますけれど」
その“優しげな一言”が、さらに噂を燃やす。
「なんてお優しいのかしら……!」
「須磨子様こそ、真の淑女ですわ……!」
「桐生様との恋路、心より応援いたしますわ!」
──この日、須磨子は社交界で“桐生と結ばれる未来の令嬢”として
半ば公式に扱われることとなった。




