わたくし、再び世界へ踏み出しますの
あの夜、文をしたためてから数日が過ぎた。
けれど、須磨子の胸のざわめきは、あれ以来、静まるどころか──
ときおり、不意に風が吹きこむように、そっと波紋を広げるのだ。
「すまっちー! ひさびさに街へ繰り出すよー!」
朝の身支度をしていた最中、あの勢いのよい声が電話から飛び込んできた。
「まあ、美佳様……おはようございます。ええと、本日はどちらへ……?」
「んー、考えてない! けど! 新しい景色見せてあげるからっ!」
相変わらず、躊躇という文字をどこかに落としてしまわれたような元気さだ。
その元気さにつられて、須磨子もつい頷いてしまった。
「……わかりましたわ。では、参りましょう」
◆
待ち合わせ場所につくと、すでにチーフが立っていた。
いつもより柔らかな私服で、雰囲気が──なんというか、少し違って見える。
「あ、お須磨子様。こんにちは」
丁寧に一礼されるだけで、胸の奥がふわっと温かくなる……いったいなぜなのだろう。
「チーフ様。本日は、お休みでいらしたの?」
「ええ。美佳に“どうせ来るなら見届けてほしい!”って頼まれて……」
「お待たせぇぇぇー!!」
そこへ、手をぶんぶん振りながら美佳が駆け寄ってきた。
「すまっち、チーフ! 三人そろって本日もダァシエリイェス!! 出発進行で──」
その瞬間。
♪ Prrrr… Prrrr…
美佳様の服のポケットから、けたたましいバイブ音が響いた。
「えっ……ちょ、ちょっと待って……はい、もしもし?
……うそ、今日だったの!? え、代わり誰もいない?
──いやいや無理無理無理! あたし今すまっちと……」
須磨子とチーフは、視線を合わせて小さく首をかしげた。
「……はいはい行きます行きます!! 今すぐ!!」
電話を切るや否や、美佳は両肩をつかんで揺さぶってきた。
「すまっち! ごめんっ!! 急にバイト入った!!
ほんとごめんだけど、今日はチーフと世界広げてきて!!」
「えっ……わたくしと、チーフ様と……二人で?」
「そう! 二人で!
大丈夫大丈夫、チーフなら安心だし〜!!
じゃ、行ってきまぁぁぁす!!」
ものすごい勢いで去っていく後ろ姿を、
須磨子たちはしばし呆然と見守るほかなかった。
「……風、強いですわね」
「……行きましょうか、須磨子様」
隣から静かに届いたチーフの声に、
胸のどこかが、またふわりと熱くなるのを感じた。
「……はい。よろしくお願いいたしますわ」
こうして、須磨子とチーフの“二人きりの街歩き”が、静かに幕を開けたのだった。




