アイスは甘く、ときどき溶けて
ボートを降りたあと。
須磨子はそっと手袋を押さえ、少し息を整えていた。
桐生もまた、水面に映った自分の顔を思い出しては
(……情けないところをお見せした……)
と内心で自滅している。
「桐生様……こちらで、少し休憩いたしませんこと?」
須磨子が指さしたのは日陰のベンチ。
すぐそばの売店では、ひんやり甘いアイスが並んでいる。
「……はい。お疲れでしょう、須磨子様」
桐生は即座に立ち上がり、
売店へ向かう足取りがいつもより一段ぎこちない。
どうやらボートでの“距離の近さ”がまだ効いているらしい。
少しして戻ってきた桐生の手には、
2種類のアイス――
須磨子の好きそうなミルクバニラと、
桐生が苦悩の末に選んだストロベリー。
「もし……お嫌いでなければ、こちらを」
「まぁ……! ありがとうございますわ。
桐生様がお選びくださったものなら、なんでも嬉しゅうございます」
そう言って微笑んだ瞬間、
桐生のHPが −15 ほど減る。
ベンチに並んで腰を下ろす。
手が触れそうで触れない距離。
ボートのときより近いのに、
なぜか今のほうが緊張する。
「甘くて……とても美味しゅうございますわね」
「……ええ。須磨子様に、お似合いの……甘さで」
自分で言っておきながら顔が赤くなる桐生。
須磨子は一瞬ぽかんとしたあと、
その意味に気づいて耳まで染まる。
「……その。
か、かわ……可愛らしい、と……そういう……意味で……??」
「…………っ」
桐生、完全に沈黙。
HP 残り1。
「し、失言でした……申し訳ありません……!」
「い、いえっ! 嬉しゅうございますの!
あの、その……甘いものは、好きですから……!」
ボートよりも、ティーカップよりも、
お化け屋敷よりも。
アイスを食べるこの静かな時間が、
いちばん胸が苦しくて、いちばん幸せ。
2人の足元にだけ、
春の風が優しく通り過ぎていった。




