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西園寺須磨子は未だ恋を知らない  作者: 天音紫子(著)×霧原影哉(構成・監修)
第10章 触れた手が、まだ恋を知らなくて
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桐生サイド:美佳の寿命がまた縮む午後

 仕事帰り。

 大学前のカフェのテラス席で、桐生は手つかずのブラックコーヒーを見つめていた。


(……昨日、あの場で……手を……)


 掌に残る温度が、まだ消えない。


(……迷惑では、なかったのだろうか)


 胸の奥で渦巻く不安を抑えきれないまま考え込んでいると──


「チーフぅ〜〜。……顔死んでるけど?」


 軽い声。

 顔を上げると、美佳が紙カップを持ったまま立っていた。


「美佳……どうしてここに」


「大学前通ったら、悩みオーラ全開のチーフが座ってたからさ」


 ずいっと向かいに座る。


「で? また恋の悩み?」


 桐生は観念したように息を吐いた。


「……俺は、どうすれば……須磨子様のお隣を、迷惑にならず歩いていられるのか……分からなくて」


「……はぁ?」


 美佳の目が細くなる。


「昨日、何があったか覚えてる?」


「もちろんだ。……手を、繋いだ」


 それだけで桐生は耳まで赤くなる。


「それが、迷惑ではなかったかと……」


「迷惑どころか、すまっち今朝ね──

 “胸がどくどくして落ち着かないですの〜〜!”

 って言いながら歩いてたよ?」


「…………!」


 桐生の肩がわずかに震えた。


「まさか……須磨子様も……?」


「まんま同じ悩みだよ。

 “わたくしなどが隣にいてよいのでしょうか……”ってさ」


「…………っ」


 桐生は思わず胸元を押さえた。


「……俺などが、ふさわしいだろうか」


「出たよ、自信ゼロ男子。

 昨日あんた、すまっち守ったじゃん。

 惚れない理由どこよ?」


 桐生は静かに目を伏せる。


「……彼女が嫌でなければ……いいのだが」


「嫌どころか、昨日“手を離したくありませんでしたの……”って言ってたよ」


「…………!」


 桐生の指が、かすかに震えた。


「だからさ。

 次のデートもちゃんと手、繋ぎなよ?」


「……努めてみる」


「努力じゃなくて自然に伸ばすの!

 2人とも“相手が迷惑かも……”って悩むのホントやめて!」


 美佳はふっと笑った。


「……幸せになりなよ、2人とも」


「……ありがとう、美佳。

 俺も……須磨子様を大切にしたいと思っている」


「はい言質取った〜!」


(まったく……かわいいバカップルだよ。

 でも応援しないとは言ってないしね)


 夕方の風がふたりの間をそっと撫でた。

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