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西園寺須磨子は未だ恋を知らない  作者: 天音紫子(著)×霧原影哉(構成・監修)
第10章 触れた手が、まだ恋を知らなくて
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手を繋いでも、まだ恋はぎこちなくて

 手を繋いだ翌日。


 胸の奥がふわふわと落ち着かないまま、

 須磨子は桐生と、ゆっくり公園の遊歩道を歩いていた。


 昨日、美佳に強引に結ばれたあの“手”。

 今は──自然とは申せませんけれど……

 それでも、そっと触れ合っております。


(……まだ、鼓動がおさまりませんわ……)


 桐生様の掌はこんなにも温かいのに、

 その温かさの意味を考えるたび、胸がどきりと跳ねます。


「……歩幅、大丈夫でしょうか。速くありませんか」


「ええ、大丈夫ですわ。

 わたくしのほうこそ……遅く感じられませんか?」


「いえ。むしろ……合わせやすいです」


 たったそれだけの会話なのに、

 どうしてこんなにも嬉しいのでしょうか。


 けれど、嬉しいのに──

 まだ上手に目を合わせることができません。


 そして隣の桐生様も、わたくしと同じように

 なぜか視線を少しそらして歩いていらっしゃいます。


(……同じ気持ち、なのでしょうか……)


 ぎゅ、と須磨子は指に力を込めた。

 桐生も驚いたように少し息を飲み、それからそっと握り返してくる。


 言葉より、手の温もりのほうが雄弁で──

 でも、それでもまだ恋はぎこちなくて。


 沈黙が続いても、なぜか心地よい午後の風の中。


 そのとき──

 ベンチの陰に、4つの影が揃ってぴくりと動いた。


「……いま、握り直しましたわよね!?」

「しましたわ! 確実に“ぎゅっ”と……!」

「尊い……!」

「まだ恋人繋ぎではありませんけれど……これはこれで……!」


 全員が手にオペラグラスを構え、

 “こっそり見守っているつもり”なのだろうが……

 黒塗りリムジンの存在感のせいで全然忍べていない。


(※もちろん、2人は気付いていない)


 須磨子は深呼吸をして、ほんの少しだけ横顔を盗み見た。


「……桐生様」


「はい」


「また……ご一緒していただけますか?」


 桐生は驚いたように目を瞬き、それから静かに微笑んだ。


「……もちろんです。

 むしろ、次は……もう少し、お話しできたらと」


「……わ、わたくしも……!」


 手を繋ぐことはできたのに、

 まだ距離の詰め方がわからない2人。


 そのもどかしさすら、午後の光に照らされて

 そっと恋の色に変わっていく。


 ひとつ前へ。

 ゆっくり、ゆっくり。


 そんな風に、恋は進んでいくのだった。

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