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西園寺須磨子は未だ恋を知らない  作者: 天音紫子(著)×霧原影哉(構成・監修)
第8章 西園寺夫人、華麗に社交界を鎮める午後
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西園寺夫人、社交界を氷結させる午後

 午後の庭園ラウンジ。

 葉巻とコーヒーの香りが入り混じる、落ち着いた東屋に──

 しかし品のない笑い声が満ちていた。


「聞いたか? 西園寺家のお嬢さん、また厄介ごとを起こしたらしいな」


「はっ、あの“じゃじゃ馬”を嫁にもらう男は気の毒だな。

 庶民相手に取っ組み合い? 品位というものをご存じないのかね」


「社交界の花? 笑わせる。花どころか、手のかかる野生馬だろう」


 グラスが触れ合い、乾いた笑いが広がる。


「まぁ、我々には関係ない話だが……

 ああいう娘は“扱える男”がいないと困るだろうな」


「ははっ、扱う? 無理無理。

 俺なら絶対にごめんだね。“嫁にもらった瞬間から苦労が始まる”タイプだ」


「おお、言うねぇ。だが的確だ!」


 口々に嘲る声が続く。

 そこに、彼らは気づいていなかった。


 背後から近づいてくる、気高い気配に。



「皆さま──」


 柔らかな声。

 だがそれは、空気そのものを凍らせる速度で響き渡った。


 振り返った殿方たちの顔が引きつる。


「……西園寺、夫人……!」


 夫人は優雅な日傘を肩に添えながら、微笑みを浮かべていた。

 その微笑みは──慈悲深い“顔”をしているのに、目だけがひどく冷たい。


「まぁ……楽しそうにお話しされていらっしゃいましたわね。

 わたくしも、ご一緒させていただいてよろしくて?」


 断れるはずがない。


「い、いえ、その……」


「その“じゃじゃ馬”というお話、興味深く伺ってしまいましたの。

 どなたのお嬢様のことでして?」


 殿方たちは一斉に目をそらす。だが夫人はやわらかく微笑み続ける。


「まさか──わたくしの娘のことではございませんわよね?」


 沈黙。鳥の声すら止む。


「……っ、あ、いえ、その……世間話でして……」


「まぁ。世間話で娘を“じゃじゃ馬”呼ばわりなさるとは……

 ずいぶん、品格のある世の中になりましたのね」


 微笑みが深くなる。

 殿方たちは背筋を伸ばし、冷や汗をにじませる。


「ところで皆さま──」


 夫人はすっと視線を走らせる。


「あなた方には、“護身術を学んでまで大切に思ってくださる女性”は、

 おひとりもいらっしゃらないのかしら。

 ……まぁ、いらっしゃらないのでしょうね。気の毒に」


 殿方たちの顔が引きつる音が聞こえそうだった。


「娘を“嫁にもらったら苦労する”と仰いましたけれど──」


 夫人はゆっくりと、息を吸って。


「ご安心なさって。

 あなた方に嫁がせるなど、わたくしが許すはずもございませんもの」


 完膚なきまでの宣告。


 殿方たちは、誰一人として反論できなかった。


「それでは──ごきげんよう」


 日傘を揺らし、夫人は優雅に踵を返した。

 去っていくその姿に、誰も声をかけられない。


 残ったのは、沈黙と……

 噂を流した自分たちの浅はかさを噛みしめる殿方たちだけだった。


---


 その様子を、少し離れた場所からそっと覗いていた影があった。


 ──あの四人娘である。


「……すごい……本当に、すごいお方ですわ……」

「こ、こてんぱんにされたというのに……わたくし、怖いどころか……胸が高鳴っておりますわ……!」

「叱られたあの日より、今日のほうが……もっと好きになってしまいました……」

「今さらですが……わたくし、西園寺夫人のようになりとうございます……!」


 4人は思わず手を合わせた。(南無ではなく、純粋な感嘆の祈り)


「……あの殿方たち、今日で心が折れましたわね」

「ええ。わたくしたちも折れましたけれど……方向が違いましたわ」

「殿方は敗北、わたくしたちは……完全に憧れですわね……!」


 風に揺れる日傘の残り香まで優雅に思えてしまう。


「西園寺夫人……やっぱり……“怖キレイ”ですわ……!」


 4人はうっとりとため息をそろえた。

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