西園寺夫人、社交界を氷結させる午後
午後の庭園ラウンジ。
葉巻とコーヒーの香りが入り混じる、落ち着いた東屋に──
しかし品のない笑い声が満ちていた。
「聞いたか? 西園寺家のお嬢さん、また厄介ごとを起こしたらしいな」
「はっ、あの“じゃじゃ馬”を嫁にもらう男は気の毒だな。
庶民相手に取っ組み合い? 品位というものをご存じないのかね」
「社交界の花? 笑わせる。花どころか、手のかかる野生馬だろう」
グラスが触れ合い、乾いた笑いが広がる。
「まぁ、我々には関係ない話だが……
ああいう娘は“扱える男”がいないと困るだろうな」
「ははっ、扱う? 無理無理。
俺なら絶対にごめんだね。“嫁にもらった瞬間から苦労が始まる”タイプだ」
「おお、言うねぇ。だが的確だ!」
口々に嘲る声が続く。
そこに、彼らは気づいていなかった。
背後から近づいてくる、気高い気配に。
「皆さま──」
柔らかな声。
だがそれは、空気そのものを凍らせる速度で響き渡った。
振り返った殿方たちの顔が引きつる。
「……西園寺、夫人……!」
夫人は優雅な日傘を肩に添えながら、微笑みを浮かべていた。
その微笑みは──慈悲深い“顔”をしているのに、目だけがひどく冷たい。
「まぁ……楽しそうにお話しされていらっしゃいましたわね。
わたくしも、ご一緒させていただいてよろしくて?」
断れるはずがない。
「い、いえ、その……」
「その“じゃじゃ馬”というお話、興味深く伺ってしまいましたの。
どなたのお嬢様のことでして?」
殿方たちは一斉に目をそらす。だが夫人はやわらかく微笑み続ける。
「まさか──わたくしの娘のことではございませんわよね?」
沈黙。鳥の声すら止む。
「……っ、あ、いえ、その……世間話でして……」
「まぁ。世間話で娘を“じゃじゃ馬”呼ばわりなさるとは……
ずいぶん、品格のある世の中になりましたのね」
微笑みが深くなる。
殿方たちは背筋を伸ばし、冷や汗をにじませる。
「ところで皆さま──」
夫人はすっと視線を走らせる。
「あなた方には、“護身術を学んでまで大切に思ってくださる女性”は、
おひとりもいらっしゃらないのかしら。
……まぁ、いらっしゃらないのでしょうね。気の毒に」
殿方たちの顔が引きつる音が聞こえそうだった。
「娘を“嫁にもらったら苦労する”と仰いましたけれど──」
夫人はゆっくりと、息を吸って。
「ご安心なさって。
あなた方に嫁がせるなど、わたくしが許すはずもございませんもの」
完膚なきまでの宣告。
殿方たちは、誰一人として反論できなかった。
「それでは──ごきげんよう」
日傘を揺らし、夫人は優雅に踵を返した。
去っていくその姿に、誰も声をかけられない。
残ったのは、沈黙と……
噂を流した自分たちの浅はかさを噛みしめる殿方たちだけだった。
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その様子を、少し離れた場所からそっと覗いていた影があった。
──あの四人娘である。
「……すごい……本当に、すごいお方ですわ……」
「こ、こてんぱんにされたというのに……わたくし、怖いどころか……胸が高鳴っておりますわ……!」
「叱られたあの日より、今日のほうが……もっと好きになってしまいました……」
「今さらですが……わたくし、西園寺夫人のようになりとうございます……!」
4人は思わず手を合わせた。(南無ではなく、純粋な感嘆の祈り)
「……あの殿方たち、今日で心が折れましたわね」
「ええ。わたくしたちも折れましたけれど……方向が違いましたわ」
「殿方は敗北、わたくしたちは……完全に憧れですわね……!」
風に揺れる日傘の残り香まで優雅に思えてしまう。
「西園寺夫人……やっぱり……“怖キレイ”ですわ……!」
4人はうっとりとため息をそろえた。




