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西園寺須磨子は未だ恋を知らない  作者: 天音紫子(著)×霧原影哉(構成・監修)
第6章 わたくし、強くなりとう存じます
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わたくし強くなりとう存じます

翌朝。


 目覚めた瞬間、須磨子の胸の奥に、じんわりとした熱がよみがえった。


 ──昨日の、あの出来事。


 思い返すだけで、布団の中で身じろぎしてしまう。


(わたくし……なんてことを……)


 チーフの前へ思わず踏み出してしまったこと。

 ショルダーバッグを振りかざしたこと。

 ヒールを構え、「退きませんことよ!」と言い切ったこと。


 いま思えば、どれも淑女らしい振る舞いとは言えない。


 ただ──

 気がついたら、身体が勝手に動いていたのだ。


(チーフ様に、触れさせたくなかった……)


 そう胸の内でぽつりと零れた瞬間、

 頬に熱がのぼり、枕に顔を埋めた。


「……ああ、思い返すほど恥ずかしゅうございます……」


 でも、それでも。

 あのとき確かに、誰かを守りたいと思った気持ちは本物で。


 そのことだけは、否定できず──

 否定したくもなかった。


 ただ、わたくしは。


 大切な人を前に、逃げることができなかった。


 それだけなのだ。


 けれどやはり、昨日の一連の出来事を思い返すと、

 胸の奥がくすぐったくて、落ち着きようもなく。


「……護身術……やはり、習った方がよろしいのかしら……?」


 ぽつりと呟いた声が、意外なほど真剣だった。


 あんな出来事、もう二度と起きてほしくはない。

 でももし、また誰かを守らなければならないときが来たなら──


 今度は、あのように無様に取り乱したくないから。


(……もっと、強くなれたら……)


 小さく息を吸い込み、背筋を伸ばす。


 恥ずかしさで転がりたい気持ちも、

 胸の奥の温かなざわめきも、

 すべて抱えたまま。


 それでも、須磨子は昨日より一歩だけ前へ進みたいと、

 そう静かに願ったのだ。

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