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西園寺須磨子は未だ恋を知らない  作者: 天音紫子(著)×霧原影哉(構成・監修)
第4章 喫茶店いちゃいちゃ編(デート本番)
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喫茶店いちゃいちゃ編〈続き:紅茶からコーヒーへ〉

 胸のどきどきがまだ収まらぬまま、須磨子は、カップの残り少なくなった紅茶をそっと見つめた。


「……須磨子様。もし、よろしければ──」


 チーフが、ふいに店員を呼ぼうと手を上げかけた。


「このあと……コーヒーなども、お試しになりますか?」


「えっ……コーヒー……?」


 思わず聞き返してしまった。

 チーフはまるで “もっと一緒にいたい” と、そう言っているに感じてしまったからだ。


「はい。こちらの店は、ブレンドも深煎りも評判でして……もしお嫌いでなければ、ぜひ……と」


「……あの……」


 須磨子の声が、自然と小さくなっ!た。


「チーフ様と、もう少しだけ……ご一緒できるのなら……わたくし、コーヒーも……いただいてみたいですわ」


 言った瞬間、自分で胸が熱くなるのが分かった。

 しかし──もっと熱くなっていたのは、チーフのほうだった。


「……そうでございますか。では──」


 ほんのわずか、指先が震えている。

 紅茶のときと同じように、自分のために何かしてくれるのが嬉しい……そんな想いが伝わってくるようで、胸の波紋はさらに広がっていった。


 注文を終えると、しばし、ふたりの間に落ち着いた沈黙が訪れる。

 けれど、その沈黙が甘いのだ。


 風が窓を揺らし、影が動くたび、なぜか胸がまたざわめいてしまうのだ。


「……須磨子様」


「はい?」


「コーヒーには、お砂糖は……?」


「ええっと……紅茶ではひとつだけでしたけれど……コーヒーでは……どうしたらよいのでしょう」


「では。もしよろしければ……わたしが、お好みに合わせて調えてみます」


「……また、ですの?」


「はい。須磨子様のお顔を見れば……きっと、おいしいと思っていただける程度は分かりますので」


「……!」


 胸が跳ねた。


(どうして……この方はいつも……わたくしの心を先に言ってしまうのでしょう……)


 持ってきてもらったコーヒーに、チーフは砂糖をひとさじ、ミルクを少しだけ落とし、慎重に、丁寧に、かき混ぜる。

 その様子が、まるで儀式のように美しくて。


「どうぞ。お気に召すと……嬉しいのですが」


 須磨子はそっと口にふくんだ。


「……あ……」


「お口に……合いませんでしたか?」


「ち、ちがいますの……あの……

 さっきの紅茶よりも……もっと……胸の奥が……」


 言葉に詰まった須磨子を見て、チーフはわずかに息をのんだ。

 そして、紅茶のときよりさらにゆっくりと視線をそらす。耳まで赤くなっている。


「……そう言っていただけると、光栄です」


 低い声が胸の奥に落ちていき、須磨子の心は、また甘く揺れた。


 カップを置いたとき、店内の時計が静かに時を告げた。


「そろそろ……参りましょうか」


 そう言ったのはチーフだった。


「あ……はい……。あの、お会計は──」


 須磨子がそう言いかけた瞬間。


「もう済ませてあります。どうぞ、ご心配なく」


 チーフはさりげなく立ち上がり、

 まるで呼吸するような自然さで、会計票を店員へ渡していた。


「そ、そんな……。わたくし、自分の分は……!」


「お気になさらず。お誘いしたのはわたしの方ですから」


 須磨子の胸の奥に、また違う種類の熱がひろがっていく。


 “当たり前のように守ってくださる”

 けれど“当たり前と思わせない気遣い”。


 そのどちらも、須磨子には慣れないもので──

 足元がふわりと浮き立つような、不思議な感覚だった。


「……ありがとうございました。大変恐縮ですわ」


「須磨子様が楽しそうで……わたしも救われましたので」


 救われた──

 その言葉が、紅茶よりも甘く胸に沈んだ。

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