甘やかな再会の道すがら(後編)
ゆるやかな坂をのぼると、街路樹の向こうに白い壁の建物が見えてきた。
小さなテラス席と、控えめな看板──
美佳が「すまっち絶対ここ好きだよ!」と言っていた喫茶店だ。
「あ……あちらが、目的の喫茶店でございますか?」
「はい。落ち着いたところですよ。静かにお過ごしになれると思います」
チーフはいつものように柔らかい声で答えてくれて、
その声音だけで胸がまたふわりと温かくなった。
「……あの、チーフ様」
「はい」
「こうして歩いておりますと……今日は、とても時間がゆっくり流れているように感じますわ」
須磨子の言葉に、チーフは一瞬だけ目を細め、
やわらかな笑みを浮かべた。
「私も同じく感じております。
ご一緒に歩いている時間は……とても穏やかですね」
その言葉が胸の奥でそっと響いて──
ひどく、甘い。
「まあ……」
思わず胸元に手を添えると、
チーフが心配そうに視線を向けてきた。
「歩き疲れ……ではございませんか?」
「い、いえ、違いますの。ただ……」
胸の奥が、ぽうっと波紋のように広がるのを感じて。
「少し、風が心地よくて……その……落ち着かなくて」
我ながら意味のわからない言い回しになってしまい、
恥ずかしさで頬が熱くなる。
けれど──
「……落ち着かない、というお気持ちは……理解できます」
「え……?」
チーフの声が、ほんのわずかに低くて。
その響きに、須磨子は思わず足を止めてしまった。
同じように立ち止まったチーフが、
まっすぐにこちらを見つめて──言葉を続けた。
「須磨子様が……ご一緒だから、でしょう」
「っ……!」
風が一瞬だけ止まり、
時間までも淡く固まったように感じられる瞬間だった。
そんな空気の中、
チーフはふっと視線をそらし、咳ばらいをひとつ。
「……失礼いたしました。つい、率直に申し上げてしまいました」
「い、いえっ……! そ、そんな……っ」
須磨子は慌てて首を振る。
どうにか呼吸を整えようと手を添えるものの──
心の鼓動はすっかり言うことを聞いてくれない。
そのまま歩きはじめると、
ちょうど角を曲がった先で、目的の喫茶店がはっきりと見えてきた。
小さなステンドグラスからこぼれる光。
焼き菓子の甘い香りが風に乗って流れてくる。
「──須磨子様、到着いたしました」
「……はい」
須磨子は胸の高鳴りをおさめきれないまま、
そっと喫茶店の扉へと手を伸ばした。




