第1話 西園寺家サロンのアフタヌーンティー(前編)
冬の午後でも陽光がやわらかく満ちる西園寺家サロン。
三段のティースタンドにはスコーンと小菓子が整然と並び、まるで芸術品のように輝いていた。
西園寺須磨子は、母と向かい合って紅茶を飲んでいた。
「それで、“しままち” というお店は、どのようなところでしたの?」
西園寺夫人の問いかけに、須磨子はそっとカップを置いた。
「はい、お母様。お洋服のお値段を拝見して、たいへん驚きましたの。
てっきり、もっと一桁多いものとばかり思っておりましたから」
西園寺夫人はやさしく微笑んだ。
「あなた、今まで値札をご覧になる機会がなかったですものね」
「ええ……お針子が屋敷にお越しくださる時も、値段は記されておりませんでしたから。
庶民の方々のお店というのは、このように明朗なお値段なのだと初めて知りましたの」
須磨子は思い出しながら続けた。
「美佳様が “しままちプライス!” とおっしゃって。
その後、次々とお洋服を選んでくださって……とても楽しい時間でしたわ」
「まあ。良いお友達ができましたのね」
「はい。わたくし、知らない世界に触れてみることが、こんなにわくわくするものだとは思いませんでしたの」
胸の奥が明るくなるような、心地よい高揚。
それは恋とはまだまったく関係のない、
“世界が広がる楽しさ” の高鳴り。
「そのお話、続きを聞くのは楽しみですわ。
でも今は──紅茶が冷めてしまいますもの」
「……はい、お母様」
ふたりでカップを手に取りながら、
優雅で穏やかな午後の気配に包まれる。
──須磨子はこのとき、
まだ自分の人生に “もうひとつのざわめき” が訪れるとは、夢にも思っていなかった。




