第7話 結果発表
實彦は、珍しく――本当に珍しく、真剣そのものの表情で机に向かっていた。
シャーペンを握る指先には、わずかに汗が滲んでいる。
教室を満たす空気は張り詰め、まるで戦場の前線だ。紙をめくる音すら、やけに大きく響く。
(……今日は、“夏休みの生死”が決まる期末テスト)
帝王学園には、表向きには語られない闇の制度が存在する。
学年順位七十位以下。
その瞬間、夏休みは消滅し、“トワル施設送り”――名ばかりの研修という名の強制労働が確定するのだ。
(冬休みを丸ごと奪われた俺が言うんだから間違いない。
あそこは……マジで地獄だ)
思い出しただけで背筋が凍る。汗の正体は、暑さではなく恐怖だった。
「實彦、お前……死刑宣告待ちの囚人みたいな顔してるぞ」
隣の席から、田中が呆れたように声をかけてくる。
「……そう言う田中は大丈夫なのか?」
「ああ。この日のために、ちゃんと勉強してきた」
「野田は?」
「フッ、問題ない。余裕だ」
野田はキリッとした顔で答えたが、机の下で震える手は誤魔化せていない。
(お前、嘘つくの下手すぎだろ……)
「それよりさ」
田中が声を潜め、廊下の方を指さした。
「新入生二人は大丈夫なのか?
まだ、この学校の鬼畜制度に慣れてないだろ」
「天上院さんは心配してない」
實彦は即答した。
「問題は……日菜だ。
あいつの学力、正直“中の下”だと思ってる」
「おい、それ本人に聞かれたらマジで終わるぞ」
「その時は土下座する」
冗談めかして言った直後、試験開始のベルが教室に鳴り響いた。
「……来たな」
鉛筆が一斉に走り出す。
時間だけが、残酷なほど無慈悲に削られていった。
――そして、四時間後。
「……悟りを開いた」
野田が、まるで煩悩を捨てた僧侶のような顔で戻ってきた。
「どうだった?」
「俺は……神に祈る」
「……そうか」
その言葉がすべてを物語っていた。
その後の五日間――答案返却期間。
三人はすっかり魂を削られ、抜け殻のようになっていた。
「そういや、最近天上院さんたち見ないな」
「……あ、笹倉だ」
中庭のベンチで、小柄な少女が両手をぎゅっと組み、真剣な表情で祈っていた。
「何してんだ?」
「……テストの神様に祈ってるの」
「……そっか。頑張れ」
天使のような笑顔で見送られ、實彦はなぜか胃を押さえた。
――そして、結果発表当日。
掲示板へ向かう足取りは、完全に処刑場へ向かう罪人そのものだった。
「落ち着け俺……今回はいける……はず……」
「なに一人でぶつぶつ言ってるの?」
振り向けば、余裕満々の笑みを浮かべた日菜が立っていた。
「お前……大丈夫なのか?」
「ええ。オールパーフェクトよ」
(……は?)
掲示板前は、すでに人だかりだった。
『天上院さん一位! 七〇〇点!!』
歓声が弾ける。
『安桜さん二位! 六八九点!!』
さらにどよめき。
日菜は胸を張り、勝ち誇ったように實彦を見る。
(この状況でドヤ顔できるの、メンタル鋼すぎだろ……)
その隣で――
上野小桃音が、唇を噛みしめて立ち尽くしていた。
三位。
わずか二点差。
「上野さん」
日菜が静かに声をかける。
「約束、覚えてるよね?」
(こいつ……鬼か!?)
「……約束は、約束です」
小桃音の声は震えていた。
「家のコネでも……お金でも……地位でも……何でも……」
日菜は、ゆっくりと首を振る。
「それじゃなくて」
一呼吸置き、柔らかく微笑む。
「私が困った時、助けてほしい」
「……え?」
「友達に、なってくれたらなって」
沈黙。
そして――涙。
「……はい……っ!」
堪えきれず、小桃音は日菜に抱きついた。
歓声とざわめきの中で、その光景だけが、ひどく温かく映った。
それを横目に、實彦はそっとその場を離れる。
(……百合って、最高だな)
そんな呟きを残し、彼は校舎の階段を降りていった。
――夏休みは、どうやら無事に訪れそうだった。
追記 日菜はある程度の女性耐性があります。




