第6話 テスト自習
期末テスト――
それは学生にとって、赤点か進級か、あるいは人生の尊厳が守られるか否かを分ける、静かで残酷な戦争である。
放課後のファミレスは、いつもより少しだけ騒がしかった。
夕方のピークを越え、店内には学生と会社帰りの社会人が入り混じり、ドリンクバーの氷が落ちる音と、注文を復唱する店員の声が絶え間なく響いている。
そんな喧騒からやや離れた、店の奥のボックス席。
そこでは男子高校生三人が、まるで追い詰められた兵士のような顔で、ノートと教科書を睨みつけていた。
「なぁ實彦……一週間後のテスト、どうすんだよ」
最初に弱音を吐いたのは野田だった。
鉛筆をくるくると回しながら、絶望をそのまま言葉にする。
「このままじゃ、俺たち普通に留年だぞ」
その言葉に、實彦はなぜか自信満々に胸を張った。
根拠はない。ただ、気合だけはあった。
「心配すんなって、野田。オレたちはこの日のために今まで生きてきたんだろ?
それに今回は時間もたっぷりある」
「……その台詞、死亡フラグじゃね?」
間髪入れず、田中が冷静にツッコミを入れる。
「お前、それ言っちゃおしまいだろ」
「駄目だこいつら……」
前田はため息をつきながらも、ノートにペンを走らせ続けていた。
全員が勉強している“ふり”をしているが、誰一人として内容が頭に入っていない。
しばらくして、野田がぽつりと呟いた。
「……にしても、全然捗らねぇな。
せめて女の子と一緒に勉強できたら、やる気も出るんだけどよ……」
「現実味のない妄想してないで、手を動かせ」
前田の一刀両断が飛ぶ。
――が、その瞬間だった。
實彦の目に、不穏なまでの輝きが宿った。
「……そうだ」
「嫌な予感しかしないな」
「女子を呼べばいいんだ!」
勢いよく立ち上がり、カバンを漁ってスマホを掴むと、なぜか實彦はトイレへと駆け込んでいった。
「なんでトイレ!?」
――数分後。
「もしもし、峻か?」
電話口の向こうから、気だるそうな声が返ってくる。
『いいけど、条件がある。澤汝ちゃんが、また何か奢ってほしいってさ』
「……わかった。任せろ」
覚悟を決めたように通話を切り、實彦は満足げな顔で席に戻ってきた。
「で? スケットは呼べたのか?」
「当然だ。とびきりの助っ人をな」
その直後、店内に店員の明るい声が響く。
『いらっしゃいませ。三名様でよろしいでしょうか?』
◆◆◆
席に案内されて間もなく、聞き覚えのある声が飛んできた。
「お、實彦くん。久しぶり。ストーカー事件以来だね」
「おい! それ言うな!」
一瞬で、店内の空気が冷えた。
近くの客が一斉にこちらを見る。まさに公開処刑だった。
「ねぇ……これ、警察呼んだほうがよくない?」
前田が震える指でスマホを構える。
「待て待て! 男ってのはな! 時々……好きな女の子につきまといたくなる生き物なんだよ!」
野田が必死に庇うが――
「いや、それ普通に犯罪だから」
冷たい視線でツッコミを入れたのは、峻――ではなく、天上院日菜だった。
前田が恐る恐る尋ねる。
「えっと……天上院さん?
男性不信だったはずじゃ……」
「最近、男に近づいても平気になってきたんだよね」
「……あ、そうですか」
實彦の声は、わずかに震えていた。
肩が強張り、背中に変な汗が滲む。
(こんなの……テスト勉強どころじゃねぇ。
ほぼ合コンじゃねぇか……!)
空気を察したのか、日菜がパンと手を叩いた。
「はい、仕切り直し。
各自、テスト勉強に集中。分からないところがあったら、遠慮なく聞いて」
「はいはいはーい!
わたし、勉強そのものが分かりませーん!」
澤汝が元気よく手を挙げる。
「もう……澤汝ちゃんったら」
日菜は苦笑しつつ、隣に座った。
(ナイス澤汝……!
これで質問するハードルが下がった!)
實彦は心の中でガッツポーズを決める。
――数十分後。
(……とは言ったものの)
日菜は澤汝に付きっきり。
野田と田中は魂が抜けたように虚空を見つめている。
(どうすんだ、これ……)
實彦は意を決して声をかけた。
「おい、日菜。ここ、教えてくれ」
「いいけど……何が分からないの?」
教科書を覗き込む横顔は、驚くほど真剣だった。
(お前……本当に峻か?
元の学力、中の下だったよな……?)
日菜はペン先で式を指し示す。
「ここはね、階差数列を使うの。
……何よ、その顔。文句あるなら言いなさいよ」
「……いや。お前、意外と頭良かったんだな」
「失礼ね。これでも安桜家の人間よ?
高校範囲くらい、ちゃんと勉強してるわ」
その自信満々な態度に、實彦は頷くしかなかった。
気づけば、窓の外はすっかり夜。
時計は九時前を指している。
「そろそろ解散にしないか?」
實彦が肩を回しながら言うと、有紗も頷いた。
「この時間帯は危ない。今日はここまでだな」
「えぇ〜……もっと勉強したかったのに〜」
澤汝が頬を膨らませる。
「すまない。また今度な」
有紗が優しく頭を撫でると、澤汝は嬉しそうに笑った。
その一方で――
野田と前田は、最後まで天井の電球を見つめたまま、完全に現実逃避していた。
追記 現実と季節が違うのは触れないでください。




