第5話 テスト勝負
期末テスト。
それは、ある者にとってはプライドを懸けた知の闘争であり、
また別の者にとっては、進級か留年か――生死すら分かつ決戦である。
そして今、その戦を前にして、密かに牙を研ぐ一人の少女がいた。
(私の名前は――上野小桃音)
学年一位の成績、全国大会クラスの運動神経。
文化系・運動系を問わず、数々の賞を総なめにしてきた、いわば完成された優等生。
誰もが羨み、誰もが一目置く完璧なお嬢様。
――本来ならば、何の不安も抱く必要などない立場のはずだった。
(……けれど)
小桃音は胸の奥に、わずかな焦燥を覚えていた。
(今、私が直面しているのは、今世紀最大のピンチ)
天上院家の長女。
そして安桜家の人間。
名家の血を引き、底知れぬ能力を秘めていると噂される存在――
それが、天上院日菜と安桜有紗だった。
(情報によれば、特別な勉強をしている様子はない。
けれど、だからこそ油断ならない……)
天才とは、往々にして常識の外側に存在するものだ。
(一応……偵察くらいはしておくべきでしょうね)
そう心に決め、小桃音は目的の教室の前に立った。
夕暮れの校舎は、どこか静まり返っていて、テスト前特有の張り詰めた空気が漂っている。
――意を決して、教室の扉に手をかける。
静かに、そっと、音を立てぬように開けた……その瞬間。
──ピコピコピコッ。
──あはは、そこ違うって!
軽快な電子音と、気の抜けた笑い声が耳に飛び込んできた。
「…………」
一瞬、何が起きているのか理解できなかった。
テスト前とは到底思えない、あまりにも平和で、あまりにも緊張感のない空間。
そこには、ゲーム機を囲んで盛り上がる少女たちの姿があった。
「……なんですか、これは」
思わず、低く呟いてしまう。
完璧なお嬢様の価値観では、処理しきれない光景だった。
「ん? 誰ですか?」
日菜がゲーム機を置き、首をかしげる。
そして数秒後、ぽん、と手を叩いた。
「あ、上野さんだ」
「上野です」
即座に訂正する。
「あ、ごめん。で……何しに来たんですか?」
あまりにも気の抜けた態度。
小桃音は内心で小さく息を吸い、気持ちを切り替えた。
「偵察に決まっているでしょう。
期末テスト前に、あなた方が何をしているのか――」
そこまで言って、言葉を切る。
視線を巡らせれば、安桜家の少女は堂々とゲーム。
一方で、天上院有紗は机に向かい、ペンを握って何かを書いている。
「……ですが、がっかりです」
小桃音は静かに告げた。
「まさか由緒正しい安桜家の人間が、この時期にゲームとは。
ほら、ご覧なさい。天上院さんは、きちんと机に向かっているではありませんか」
「えっ」
突然話を振られ、有紗はびくりと肩を跳ねさせた。
(じ、実は……日記を書いていただけなんて言えない……!)
必死に平静を装う有紗をよそに、小桃音の視線は日菜へと向けられる。
「あなた、随分と余裕そうですね。
テストへの関心が薄いように見受けられますが、普段は何を?」
「え〜と……アニメとゲームかな?」
「……正直ですね」
「まぁ、それが取り柄なんで」
屈託のない笑顔。
――だからこそ、余計に読めない。
小桃音は、ふっと小さく微笑んだ。
「……分かりました。では、一つ提案があります」
教室の空気が、わずかに引き締まる。
「次の期末テスト。
もし、私が勝ったら――一つ、願いを聞いていただけませんか?」
「いいよ」
即答だった。
「その代わり、私が勝ったら……一つ、言うことを聞いてもらうから」
一瞬、静寂。
「ええ。結構ですわ」
小桃音は踵を返す。
「それでは、テスト結果の掲示板前で。
勝敗は、数字がすべてを語るでしょう」
高貴な気品をそのままに、小桃音は颯爽と教室を後にした。
扉が閉まると、有紗が不安げに日菜を見る。
「……よ、よいのか?
あんな勝負を受けて……勝てる自信はあるのか?」
「大丈夫だって」
日菜は軽く笑った。
「有紗さんに勝てるかどうかの方が、よっぽど心配だよ」
「そ、そうか……なら安心だな」
「澤汝ちゃんは?」
「だ、だだだ大丈夫っ……!
も、問題ない……はず!」
「よし」
日菜は立ち上がり、鞄を手に取る。
「じゃあ帰ろっか。
……ちゃんとテスト勉強もしなきゃだしね」
夕暮れ色に染まる廊下を、三人は並んで歩き出した。
――その背後で、静かに火花が散り始めていることを、まだ誰も知らなかった。
追記 天上院有紗の愛称は、「天上院さん」でお願い致します。




