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❴新連載❵そんな恋愛は、ありですか!?♂♀女装して好きな女の子に近づきたい!  作者: 顔のない人間


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第4話 美少女フィギュアが欲しい

 街の東側にある道路の端には、休日の朝にもかかわらず、人の気配は薄かった。まだ日が完全に昇りきっていない時間帯のため、通りには淡い朝靄がかかり、オレンジ色の街灯がぼうっと光を落としている。

 その一角にある家電量販店――通称「過電流製品店」。ここだけは異様に人が集まっていた。開店前だというのに、店の前にはすでに十数人ほどの列ができている。


(ふぅ……ここまで来るのに緊張で吐きそうだった。今日こそアレーヌの新作フィギュアを手に入れてやる……! 数量限定、先着順、転売不可。逃せるわけがない)


 曇りガラス越しに店内の薄暗さが見えた。店員たちが慌ただしく準備をしており、棚を動かす音が断続的に響いてくる。


 オタクたちの熱気が集中しているのか、早朝の冷たい空気の中でも独特の戦場前みたいな空気が漂っていた。


(……でも、人が多いな。日菜姿で来るのは少し気が引けたけど、まぁバレはしないはず)


 そう自分に言い聞かせながら列の横を歩いていたときだった。


 ――見覚えのある後ろ姿が視界に飛び込んできた。


 黒く艶やかな髪。背筋の伸びた立ち姿。上品な雰囲気を纏った肩のライン。

 朝の淡い陽光に縁取られ、まるでポスターのモデルのようにそこにいた少女は――


「……有紗さん……!?」


 天上院有紗。

 学校中の視線を奪い去り、僕の心も奪っていった美少女。


(なんで!? なんでこんなとこに有紗さんがいるんだ!? まさか……まさかフィギュア目当て!?)


 いや、それは違った。彼女は周囲のざわめきに明らかに戸惑っていた。視線を彷徨わせているあたり、目的の売り場が分からず不安そうですらある。


(……これは……千載一遇のチャンスってやつじゃないか? 声をかけられる距離に有紗さんがいるなんて……もはや奇跡以上の何かだろ!!)


 日菜は慌ててカバンを開き、香水をひと吹き。

 姉に教わった女子力の底上げとやらを信用するしかない。


「……よし、肌も完璧。声も、日菜の声で……」


 喉を軽く叩き、「日菜モード」の柔らかい声のトーンを確認する。


(いける……! いや、いけない理由がない!!)


 深呼吸をひとつ置き、峻――いまは安桜日菜として、有紗へと歩み寄った。


「あの……有紗さん。こんなところで何をしているんですか?」


 有紗は驚いたように振り向き、ぱちりと瞬きをした。


「……日菜さん? どうしてここに?」


 その声は、いつも通り落ち着いていたが、どこか安堵が混じっているようにも聞こえた。


「私も用事があって……。それより、有紗さんこそ、この家電量製品店に何をし来たのですか?」


「実は……加湿器が壊れてしまってな。朝早く来れば空いていると思ったのだが……想像以上に賑わっていてな。少し困惑しているところだ」


「なるほど……それで早くに来られたのですね」


「ええ。それで日菜さんは? 何を買いに?」


「え、え、ええと……」


(どう答える!? 本当のこと言えない……!

 美少女フィギュア買いに来ましたなんて言った瞬間、『日菜=気味悪い奴』の認定まっしぐらでは!?)


「私は……エアコンのリモコンの電池が切れちゃいまして……。朝のうちに買おうかなって……あは、あはは……」


(死ぬほど苦しい!! 歴代最高レベルに苦しい嘘をついてしまった!!)


「そうか。朝早くから偉いな。私など、こういった量販店に来るだけで迷ってしまう」


 有紗は照れたように髪を耳にかけた。


(はにかんだ……! かわいい……! いや落ち着け俺!! 日菜だ今は日菜!!)


「ところで日菜さん」


「はい?」


「顔色が悪いようだが……気分でも悪いのか?」


(やばい……私の動揺バレてる……!)


「だ、大丈夫ですよっ……ただの寝不足で……」


 誤魔化すように笑いながら、僕はカバンからスマホを取り出し、こっそり實彦にメッセージを送った。


『騎士實彦様

どうかこの願いが届くなら、僕に代わって美少女フィギュアアレーヌを買ってくださいませ……』


 祈るような気持ちで送信。

 数秒後――既読がついた。


(よし!! 頼む實彦!! 今日だけはお前にかかってる!!)


 しかし、画面の向こうで起こっていたのは――


「ん〜……誰だよこんな時間に……『騎士實彦様』? ……フッ……寝よ」


 スマホを投げ、布団をかぶる幼馴染みの姿だった。


(既読スルー!? 實彦ォォォ!!!)


「……日菜? 本当に大丈夫か?」


「だ、大丈夫。全然問題ないです……!」


 腹痛レベルの精神ダメージを隠しながら、有紗と一緒に店の入口へと並ぶ。


 


◆◆◆ 開店数分前


 曇り空を切り裂くように、シャッターがゴゴゴと音を立てて上がる。

 列がざわつき、オタクたちの視線が一斉に店内奥――フィギュア売り場へと吸い寄せられる。


 しかし僕は、有紗の隣に立つ日菜の姿を保たねばならず、売り場に走ることができなかった。


(し、死ぬ……! 精神が死ぬ……!)


「日菜。この加湿器などはどうだろう?」


 有紗は値札を覗き込み、上品に首を傾げた。


「ええ、とてもいいと思います。有紗さんにぴったりです」


「そうか。ではこれにしよう」


(よし! 買い物終わった!! あとは彼女が帰れば……!)


「今日も付き合わせてしまったな。ありがとう」


「い、いえ……いつでも呼んでください」


「……ふふ。また学校でな。ごきげんよう」


 軽く手を振る有紗。

 その姿が角を曲がって見えなくなるのを確認した瞬間――


 僕は跳ねるように走り出した。


(急げ急げ急げ急げッッッ!!)


 フロアを抜け、おもちゃ売り場のコーナーへと曲がる。

 息が上がる。靴音が床に反響する。


 そして棚を見た。


(……な、ない……?)


 フィギュア棚の最前列。

 そこだけぽっかり空いていて、アレーヌのパッケージが並んでいたはずの場所は空虚な闇と化していた。


(な……なんで!?

 まだ数分しか経ってないのに!?

 どこの世界線の俊敏ウサインボルトが買い漁ったんだよ!!)


 膝ががくりと落ちる。


「あ、あはは……あははは……」


 乾いた笑いが売り場に吸い込まれ、僕――いや日菜の心は灰のように崩れ落ちた。


(……實彦……貴様……絶対に起こす……)


 その朝、僕は悟った。


 恋も、オタ活も――

 時に命より厳しい戦いなのだと。

追記 實彦の本名は、源實彦です。

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