第3.5話 ストーカー大作戦2
放課後の街は人で賑わい、夕日の色がデパートのガラスに溶け込んでいた。
その中を歩く日菜と有紗は、まるで休日の仲良し女子みたいに並んで歩き、コスメショップの前で足を止めた。
店頭には色とりどりのリップやフレグランス、スキンケア用品が並んでいる。
柔らかいアロマの香りが漂い、照明に照らされたガラス棚がキラキラと光っていた。
日菜は真剣な表情で並んだ化粧品を観察する。
(この化粧品いいな……。イメチェン用に使えるかも)
商品を吟味する目は、どう見ても女子そのものだった。
「有紗さん、この化粧品とかどうですか? 爽やかなアロマの香りがするんです」
「そんなに……いいんですか、この化粧品」
「大丈夫だって。試してみてよ」
日菜は自然な仕草で小瓶を手に取り、有紗の前に差し出す。その距離は近く、どこか甘い空気が流れていた。
有紗もほんの少し照れながら、香りを確かめるように鼻を寄せる。
――まるで少女同士の、静かな秘密の共有。
その光景を、店の柱の影から二つの影が覗いていた。
實彦と澤汝。
二人ともサングラスをかけ、完全に怪しいストーカーの格好である。
「……百合百合しいね」
「あ、百合百合しい……羨ましい……」
「本音出てるよ」
實彦が呆れた声を漏らす横で、澤汝はサングラス越しに目を輝かせていた。
「だってほら見てよあれ……距離感どうなってんの? まるでドラマだよ……!」
「いや、こっちは命かかってんだけど……」
二人は息を潜め、棚に隠れたり柱の影に移動したりしながら観察を続ける。
その姿は完全に不審者だが、当の本人たちは必死だった。
有紗は日菜に微笑みかけ、小さく言う。
「……ありがとう。日菜って、意外と頼りになるんだな」
「ふふ、有紗さんこそ。思ったより可愛いところありますよ?」
距離がさらに縮まり、ふわりと甘い香りが二人の間にただよう。
實彦と澤汝は、同時に心の中で叫んだ。
((これバレたら殺されるやつだ……!))
「ねぇ、有紗さん達、あそこの喫茶店に寄るみたいだけど……どうする?」
澤汝は、日菜たちの動きを遠目に確認しつつ、小声で實彦の耳元に囁いた。
喫茶店のガラスには夕方の光が反射し、店内の様子はほんのりと温かい橙色に染まって見える。
「……行くか」
實彦は思いきり眉間に皺を寄せたまま、腹を括ったように答える。
二人はこそこそと歩きながら、喫茶店の扉へと向かった。
扉が開くと、柔らかいカラン――という音と共に、焙煎した豆の香ばしい匂いが店内いっぱいに広がる。木のテーブル、落ち着いた色のソファ、ゆったりと流れるジャズ。喫茶店特有の静けさが、ふたりの緊張を逆に刺激した。
『何名様でお待ちでしょうか?』
「2名でお願いします……!」
できるだけ存在を薄くしようと、實彦はそっと注文した。
店員は何も疑わぬ様子で微笑み、二人を角の席へと案内する。
そこから、ちょうど日菜と有紗の横顔が見える。
窓際の席で、ふたりはメニューを開きながら楽しげに話していた。
頬にかかる光、指先でメニューを指す仕草。まるでカメラに向けて作られたワンシーンのように美しい。
カップ同士が触れ合うかすかな音が、店内の静けさに溶けていく。
「今日は、すまなかった。私の駄々に付き合ってもらって」
有紗は少し申し訳なさそうに、カップの縁を指先で撫でる。
その声は、普段よりほんの少しだけ弱々しく感じられた。
「いいよ、いいよ。有紗さんと一緒なら私も楽しかったし――なにより」
「何より?」
日菜が続けようとして、ふと口を閉じる。
有紗は不思議そうな顔で覗き込むが、日菜は「なんでもないよっ」と慌てて笑い、頬を指で押さえた。
照れたような赤みが、有紗の心をやさしく揺らす。
((尊……))
柱の影から覗いていた二人は、声にならない評価を胸の中で叫んだ。
((百合百合しい~~~~!!))
しかし、声を出すわけにはいかない。
喫茶店の空気を壊すことは、何よりもタブーだ。
實彦は、息を止めながら観察を続けた。
だが――。
ふと、有紗が視線を横に滑らせた。
その先には――柱の影に、張り付くように縮こまった二つの影。
「……ッヒェッ!?」
實彦の喉から、どうしても抑えきれなかった悲鳴が漏れる。
「どうしたの?」と日菜が小首を傾げる。
「い、いや……。君は親友が多いのだな、と思っただけだ」
「そ、そうなのかな?」
日菜は少しだけ困ったように笑ったが、有紗の表情は違った。
まるで「いまの、何か怪しくなかった?」と言いたげに、鋭い光を宿している。
柱の影では實彦と澤汝が、完全に石と化していた。
「ど、どうするの……實彦……バレたでしょ……?」
「だ、大丈夫だ……! 気のせいだ……! 気の……せい……のはず……」
「その謎理論どこから出てきたのよ!?」
ほぼ無音のツッコミが炸裂し、二人は壁にへばりついたまま状況を見守る。
しかし店内の空気は、二人の知らぬところで淡々と進んでいく。
「……とりあえず、様子だけ伺おう」
實彦が低く呟く。
んじゃ、あたし特大ジャンボパフェ頼むけど。あんたの奢りで」
「おい待て!! ここでなぜパフェ!?!?」
「静かに! バレるでしょ!」
ふたりは揉みあいながら、またも声を殺す。
ほどなくして――。
『特大ジャンボパフェ、お待たせしましたー!』
先ほどの席へ運ばれていく巨大なパフェ。
店内の視線が一斉にそちらへ向かう。
当然――日菜と有紗も。
((終わったァァァァァァァ!!))
實彦と澤汝は同時に両手で顔を覆った。
店を出る頃には、空は夕陽の朱に染まり、街全体があたたかい光に包まれていた。
ビルの影は長く伸び、風は日中よりも涼しさを帯びている。
日菜と有紗は並んで歩く。
そこに広がる空気は、さっきの喫茶店よりもずっと柔らかく、穏やかなものだった。
「今日は、とても楽しい一日だった。……改めて、お礼を言わせてくれ」
有紗は夕陽に照らされながら、少し恥ずかしそうに笑う。
「いいよ。私も楽しかったから」
ふっと、日菜は目を細める。
(本当に……この距離が続けばいいなって、思うけど)
胸の奥で静かに小さな願いが生まれ、それをそっと飲み込む。
有紗は名残惜しげに手を振り、そのまま角を曲がっていった。
日菜がその背を見送っていると――。
「よ……峻ぅ……」
死にかけたような呻き声が後ろから聞こえた。
振り返ると、電柱に寄りかかり、魂が抜けたような實彦がずるずると歩いてくる。
「アンタ……何しに来たのよ」
「見てた……んだよな……?」
「そりゃあね。隠れてるつもりだったの?」
「そ、そんなに丸見えだった……?」
「丸見えよ。ほんと、もうちょっと隠れ方学びなさい」
「ひぃ……殺さないで……」
日菜は深くため息をつきながら、倒れそうな實彦の肩を支える。
「ほら、帰るわよ。」
「助かる……もう一年間はスイーツ食べたくないな……」
ふたりがふらふらと歩き始めたそのとき。
少し離れた場所で、有紗がふと立ち止まり、そんな二人の後ろ姿を静かに見ていた。
その表情は、不思議そうで、どこか安心しているような――
そんな曖昧な色をしていた。
夕焼けに包まれた街は、穏やかな風景を保ちながら、確かに変化の気配を孕んでいた。
こうして騒がしく、そして温かい放課後は、静かに幕を閉じるのだった。




