第3話 ストーカー大作戦
――それから、二週間が過ぎた。
初夏の気配が校舎を包み始める季節。窓から差し込む日差しは以前よりも柔らかく、けれどどこか力強さを帯びていた。
風が吹き抜けるたび、カーテンがふわりと揺れ、教室の空気を新しく塗り替えていく。黒板には授業で使われた文字が薄く残り、生徒たちの話し声が、夏の手前特有の軽やかさをまとって響いていた。
そんな中、教室の中央――光が綺麗に届く位置に、ふたりの少女が並んで座っていた。
安桜日菜。
そして天上院有紗。
その姿は、どう見ても“ずっと前からの親友”にしか見えなかった。
肩を寄せ合い、時折楽しそうに笑い合い、小さな秘密を共有するかのように目を合わせる。日菜が何か言えば、有紗が笑ってツッコミ、有紗がぼそりと呟けば、日菜が優しく返す。
二週間前――峻が女装して学校に来たあの日からは想像もできない光景だった。
「な、何がどうしてこうなった……?」
その信じがたい変化の中心を見続けてきた實彦は、椅子の上で前のめりになりながら、目を疑うばかりだった。
教室のざわめきが遠くに感じるほど、彼の意識は日菜と有紗の会話に向けられている。
(お、おいおいおい……! 何であいつあんな自然な距離感で話してんだよ!?
二週間で築き上げた関係じゃねぇだろ!? なに、いつの間にそんな青春ポイント稼いだんだよ峻おおお!?)
ごくり、と唾を飲む實彦の視界で、有紗が日菜に向けてひらりと手を振る。
「なぁ、日菜。このあとさ、デパート行かくのはどうだろうか、香水買おうと思ってて。日菜のセンス、ちょっと参考にしたいんだ」
その言葉に、實彦は椅子から転げそうになり、机にしがみつく。
(な、苗字どころか下の名前呼び!? そんな進展してんのか!? いや、この二週間……何があった……!? ていうか……あれ本当に峻なのか!?)
驚きで脳みそが熱を持ち始めたころ、日菜がゆるやかに微笑む。
ほんの少しあざとく、けれど自然すぎて違和感がない。
「いいよ、有紗さん。放課後に行こっか」
(デ、デパート……!? いやいや、あれはデートだろどう考えても!)
實彦の心拍数は一気に爆上がりし、頭の中ではサイレンの音が鳴っていた。
(これは……ついていくしかない……!)
そして立ち上がりかけた瞬間――。
背後から、人差し指で肩をとんとつつかれた。
「ねぇ、實彦くん初めましてかな」
振り返ると、笹倉澤汝が、どこか楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。
彼の目は細く笑っていて、しかしその奥には何かを読み取るような鋭さが潜んでいる。
「さ、笹倉さん。どうしてここに?」
「だってぇ、面白そうだったんだもん。日菜さんたちをストーカーするんでしょ? 私も行っていい?」
「笹倉さんも来るの?」
「ついていくに決まってるじゃん後そんな堅苦しく苗字で呼ばなくて澤汝でいいよ」
心臓に悪い発言を軽やかに言い放つ澤汝。
實彦は顔を青くしながら、周囲を確認し、小声で返した。
「いいけど……澤汝さん命の保証しないぞ」
「え、そんな大袈裟な……。そんなにヤバいの?」
「ヤバい。日菜にバレたら……きっと命に関わる」
その言葉に、澤汝は一瞬だけ目を伏せた。
でもすぐに顔を上げて、ゆっくりと唇の端を吊り上げる。
「大丈夫。命はもうマリアナ海溝に捨ててきたわ」
「お前、どこ捨ててきたんだよ……」
呆れながらも、彼女の覚悟めいた言葉に實彦は苦笑し、肩をすくめる。
「……よし。じゃあ行くか」
「うん」
二人は同時にうなずき、荷物を持たずに静かに立ち上がる。
日菜と有紗は気づく様子もなく、教室の出入口へ向かっていた。
その背に隠れるように、實彦と澤汝もこっそりと歩き出す。
放課後の光が窓際に差し込み、廊下の床を淡い橙に染めていた。
人影は長く伸び、光と影が幾重にも揺れながら、ふたりの背中を追うかのように伸びている。
廊下の向こうには、階段を下りていく日菜と有紗の姿。
その様子は、まるで親友同士の放課後そのものだ。
ただ――その後ろで、こっそりと追跡する二人がいることを除いて。
「……なぁ澤汝。お前ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫よ。こういうの、嫌いじゃないないわ」
實彦は、何処かの某ドーパンドを思い出したがそっと心に閉まっておいた。
澤汝はひそひそ声のまま微笑んだ。
その横顔には、どこか真剣さが宿っていた。
まるで確かめたいことがあると言わんばかりの。
階段を降りると、靴箱の区域へと続く夕光が射し込み、ふわりと温かい風が二人の髪を揺らした。
日菜のスカートの裾、有紗の揺れる長い髪。
そんな何気ない仕草すら、實彦の目にはドラマのワンシーンのように映る。
「……なぁ」
「ん?」
「もし……万が一だけど……日菜が峻だったりしたら、お前ならどう思う?」
その問いに、澤汝は半歩ほど足を止めた。
しかし次の瞬間、何でもないように歩を進め、ぽつりと言った。
「そうだとしても……私は別に嫌じゃないわよ」
その横顔は凪いだ湖面のように静かで、けれどどこか複雑な影を落としていた。
實彦はその言葉に少しだけ胸がざわついたが、深く追求する余裕もなく、日菜と有紗のあとを追うため、靴を履き替える。
前を行く二人の影は、夕日の中でひときわ眩しかった。
青春の光景そのものを象徴するように。
そして――
その少し後ろを、息を潜めた二人の影がゆっくりと追っていく。
まるでこれから“危険地帯”に足を踏み入れる子どもたちみたいに。
緊張とワクワクと、ほんの少しの罪悪感を胸に抱えながら。
放課後の校舎を抜け、夕暮れの街で、それぞれの思惑が交わり始めようとしていた――。
追記 笹倉澤汝の愛称は「さ」でお願い致します。




