第11話 帰還せよ
その頃――
トワル施設。
コンクリートの壁に囲まれた無機質な部屋に、
夜通し、ひとりの男子生徒の声が響き渡っていた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!
終わらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
机に突っ伏し、髪を振り乱しながら吠えているのは――田中だった。
その姿はもはや人間というより、
課題に首輪を付けられた子犬に近い。
「はぁ……はぁ……先生、まだ終わらないんですかぁぁ……
もう……無理……脳が……焼き切れる……」
震える指で鉛筆を握りしめ、
白紙だったはずのノートには、意味を成しているのか怪しい文字列が踊っている。
(なんでだ……なんで俺が……)
脳裏をよぎるのは、
實彦たちがショッピングモールで女子と楽しそうに過ごしているであろう光景。
「……あいつら……
女子と……遊んでるなんて……」
ぎり、と歯を食いしばる。
「許せねぇ……
天罰を……天罰を……」
その呟きは次第に濁り、
もはや言語として成立していなかった。
理不尽な課題。
終わらない追試。
奪われた夏休み。
田中の自我は、限界寸前まで追い詰められていた。
――そのとき。
「えー、皆さん。少しよろしいでしょうかー」
間延びした声が響く。
田中が血走った目で顔を上げると、
白衣姿の教師が、にこやかな笑顔で立っていた。
(……その笑顔、今すぐ殴りたい)
「せっかくの夏休みですし、
皆さんにはもっと“自由”に過ごしてほしいな、と思いまして」
「……自由?」
田中の喉から、かすれた声が漏れる。
(どの口が言ってんだよ)
机に縛り付けて、
トワル施設に監禁しておいて。
だが、教師は気にした様子もなく続けた。
「この追試試験が終われば――
皆さんには、この施設を出る“権利”を与えます」
ざわっ、と空気が揺れる。
「ただし」
その一言で、再び緊張が走る。
「夏休み期間中の課題は、別途出しますので。
その点はご了承くださいね」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「「「よっしゃああああああ!!!」」」
施設中に歓声が響き渡った。
田中も例外ではなかった。
「よし……!
よしよしよし……!」
目に狂気じみた光が戻る。
(これで……外に出られる……)
脳裏に浮かぶのは、
楽しそうに笑う實彦の顔。
「待ってろよ……實彦……」
口角が、ゆっくりと吊り上がる。
「報いは……必ず……受けさせてやる……
うひひひひ……」
その笑い声は、
希望に満ちているようでいて、
どこか嫌な予感しかしないものだった。
こうして――
田中の“夏”は、静かに再起動を始めたのだった。




