第10話 メイド服はジャスティス
「いやー……すごかったね、澤汝先輩」
店を出てからもしばらく、日菜は半ば呆然としたまま呟いた。
胃の奥に残る満腹感と、脳裏に焼きついた衝撃映像が、まだ整理しきれていない。
「いやー、それほどでもないけど」
澤汝は頭の後ろをかきながら、照れたように笑う。
ほんの数分前まで、山のような“超ビッグナポリタン”を平らげていた人物とは思えないほど、あっさりとした態度だった。
(いやいや……どう考えても人間やめてるレベルだから……)
日菜は心の中でだけ全力のツッコミを入れつつ、視線を前へと移した。
駅前にそびえる大型ファッションビル。
ガラス張りの外観に、夕方の光が反射している。
その一角――
学生向けのカジュアル服から、明らかに趣味全振りな衣装まで扱う、少し派手な服屋が目に入った。
日菜の胸が、別の意味でざわつく。
(……有紗さんとの関係)
気づけば、もう一ヶ月以上。
一緒に出かけ、会話も増え、距離は確実に縮んでいる。
――はずなのに。
(何も、決定的なものがない)
このままでは“仲のいい先輩後輩”で終わってしまう。
そんな焦りが、胸の奥にくすぶっていた。
(こうなったら……)
日菜は、ぐっと拳を握る。
(この服屋で、一気に流れを変える)
理屈も計画もない。
だが、勢いだけはあった。
店内に足を踏み入れると、ポップな音楽と明るい照明が迎え入れる。
ラックに並ぶ衣装は色とりどりで、視線を動かすだけで情報量が多い。
その最中、日菜は無意識に胸元へ視線を落とした。
(……男だった時も思ってたけど)
動くたびに主張するその存在に、内心で小さくため息をつく。
(やっぱり……邪魔だな、この胸)
「きゃー! 可愛いよ日菜先輩!」
「こっち向いてください!」
黄色い歓声が上がった。
日菜は――メイド服姿だった。
白と黒の王道配色。
フリルたっぷりのスカートに、腰に沿うエプロン。
出来すぎなほど、似合ってしまっている。
腕で胸元を軽く押さえながらも、日菜自身は驚くほど平然としていた。
(……恥ずかしいはずなんだけど)
内心ではそう思う。
(でも、今さらだよね)
覚悟を決めた人間は、強い。
「どう?」
日菜は軽くポーズを取り、にやりと笑った。
「……可愛いだろ?」
一瞬の沈黙。
その中で――
「……カワイイ」
有紗の、かすれるような一言。
それだけで。
(――っ!?)
日菜の心臓が、思い切り跳ねた。
胸が、熱い。
頭が、真っ白になる。
聞き間違いであってほしいのに、
でも、聞き間違いじゃないと分かってしまう。
(……今の、破壊力やばくない?)
そんな日菜をよそに、澤汝が満面の笑みで割り込む。
「でしょでしょ! 私、センスあるわ〜!」
「こら、日菜ちゃん。調子に乗らないで」
有紗のやんわりした声に、なぜか背筋が伸びる。
「私も後で着るんですから。交代交代ですよ?」
「……はい」
素直に頷いてしまう自分に、日菜は内心苦笑した。
さらに――
友花がそっと値札を見て、固まる。
(二万五千円……高っ!?)
「ひ、日菜先輩……それ、買うんですか?」
「ええ。即決です」
「即決!?」
「うちは、多少お金に余裕がありますから」
そう言って微笑む日菜。
会計で差し出したブラックカードに店員は驚いた表情になっていた。
支払いを終え、外に出ると、空は夕焼けに染まっていた。
「それじゃ……またね、みんな」
それぞれが笑顔で手を振り、帰路につく。
一人になった日菜は、胸元を軽く押さえ、小さく息を吐いた。
(……今日は、色々ありすぎた)
恥ずかしくて、
嬉しくて、
少しだけ――誇らしい。
そして何より。
(……有紗さんの『可愛い』)
たった一言が、胸の奥でまだ熱を持っている。
沈みゆく夕日が、その背中を静かに照らしていた。




