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陸海軍協力な世界

連合爆撃機構想

作者: 仲村千夏

 昭和十一年の冬、東京の防衛庁会議室は薄曇りの光に包まれていた。重厚な木製のテーブルを囲むのは、陸軍航空本部と海軍航空本部の代表者十余名。


 陸軍側は中佐二名、少佐一名。海軍側は少佐二名、技術将校数名。会議は非公式でありながら、両軍の運命を左右する重大な案件であった。


「諸君、今日は我が陸軍と海軍が、爆撃機の開発を統合する可能性について協議する」

 陸軍航空本部・技術部長の三宅中佐が重々しく口を開いた。彼の眼差しは会議室の隅に置かれた模型機を一瞥した。九六式陸攻と九七式重爆の縮尺モデルが、あたかも向き合うように並んでいる。


「陸軍の立場から申せば、我々は長距離戦略爆撃機の必要性を痛感している。支那事変での運用において、九七式重爆の航続距離と爆弾搭載量は充分ではない」

 少佐の一人が続けた。「しかし、海軍機のように航続距離を延ばすとなれば、機体重量と速度のバランスが問題になります」


 海軍側の小林少佐がにやりと笑った。「我々は九六式陸攻で南洋諸島作戦を行っている。航続距離は良いが、防御火力は貧弱だ。あなた方の重爆に比べれば、乗員の生存性は低い」


 陸軍側から低く唸る声が返る。「それは、我々の重爆が如何に鈍重で扱いにくいか、ということだ。速度を犠牲にして航続距離を得るより、効率の良い機体に統合すべきではないか」


 議論はすぐに技術的な詳細に入った。

「翼幅はどうする?」

「胴体は強化するのか、それとも軽量化か?」

「防弾板や燃料タンク保護の標準をどうする?」

 机の上には設計図や試作機の写真が積み上げられていた。海軍側の若手技術士官が手を伸ばし、模型機の翼を軽く押してみせる。「この翼では航続距離が足りません。我々は20%延長を希望します」


 陸軍の中佐が眉をひそめた。「しかし、それでは整備性が悪化し、重量も増す。九七式重爆の経験から言えば、爆弾搭載量も犠牲にせざるを得ない」


 海軍側の少佐がゆっくりと語気を強める。「我々は南洋での長距離作戦を考慮しています。速度を犠牲にしても、航続距離と生存性を優先すべきです。搭載量は、目的に応じて柔軟に設計できるでしょう」


 陸軍側が静かに頷く。「つまり、爆弾倉の柔軟化、ということだな。内部爆弾倉で500kg爆弾を二発搭載、あるいは250kgを四発。必要に応じて魚雷も懸吊できる仕様にする」


 会議室の空気が一瞬静まる。両軍は互いに目を合わせた。異なる思想、異なる運用背景、互いに譲れぬ誇り。それらを同時に叶えられる案が、現実的にはまだ存在していなかった。


 三宅中佐が立ち上がる。「ならば、技術的な妥協点を探ろう。胴体は重厚に、防御火器は各部に配置。航続距離は海軍の要求に近づけつつ、速度は最低限確保する。これで両軍の任務に対応可能だ」


 小林少佐も立ち上がり、軽く頭を下げる。「陸軍の知見を加えれば、九六式陸攻よりはるかに生存率の高い機体になる。共同開発であれば、補給・整備も統一できる」


 設計者たちは興奮して小声で相談を始めた。翼幅の調整、エンジン選定、尾翼形状、銃座配置、ガラスノーズの視界角度。模型機を前に、指で線をなぞり、メモを取り、議論が細部にまで及ぶ。


 午後三時、会議はひとまず中断となった。両軍の代表は廊下に出ると、疲れた表情を見せながらも、どこか誇らしげだった。


「史上初めての、陸海軍共同爆撃機だな」

 陸軍中佐が笑みを漏らす。

「失敗すれば双方の顔を潰すが、成功すれば史上に残るだろう」

 海軍少佐は肩をすくめて答えた。「史上に残るだけでなく、戦場で生き残ることも忘れずにな」


 その日、東京の冬は冷たく、乾いた空気が窓から入ってきた。

 だが会議室では、未来の爆撃機の銀色の翼が、既に空を飛んでいるかのような興奮が渦巻いていた。


 ⸻


 翌日からは、正式な設計チームが組織され、両軍の技術者たちは共同で図面を描き、試作機の試験を開始した。

 翼幅、胴体強度、爆弾倉の内部構造、防御火器の配置、燃料タンク防護――すべての議論は、史実の九六式陸攻と九七式重爆を融合させるための作業であった。


 設計者の一人は模型機を手に、呟いた。

「これが完成すれば、陸軍も海軍も、同じ空で戦える……」


 やがて数か月後、初の試作機が滑走路を離陸する。銀色の双発機は、垂直単尾翼とガラスノーズを備え、両軍の技術と思想を結集した姿で空を切り裂いた。


 その日、立川飛行場には歓声と興奮、そして一抹の不安が入り混じっていた。

 陸海軍の誇りを背負った爆撃機は、まだ名前もない。しかし、誰もが確信していた――この機体は、これからの戦争で必ずや重要な役割を果たす、と。


 ⸻


 翌年、聯合爆撃機一型は制式採用される。試作段階での改良案はすでに第二型の構想へと繋がり、四発大型爆撃機の開発も視野に入れられていた。

 陸海軍の技術者たちは、新たな挑戦を前に、再び会議室に集まる日を夢見ていた。


 ⸻


 冬の東京を抜ける風は冷たいが、空を舞う銀翼は熱を帯びている。

 陸軍も海軍も、まだ見ぬ未来の爆撃機を心の中で描きながら、慎重かつ熱心に筆を走らせるのであった。

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