第四章:地球の核心と「嘆きの音」
地球の中心核に近づくにつれて、「大地の響き」は激しさを増し、不規則な振動はさらに強くなった。それは、まるで巨大な怪物が苦悶の叫びを上げているかのような轟音で、キィの新たな感覚器官を激しく揺さぶった。高温と高圧は肌を焼くように感じられ、ライムは時折、その圧力に潰されそうになり、キィの虹色の光に引き寄せられるように寄り添った。オトヒメの体からも、過去の苦痛を呼び起こすかのような、深い響きが漏れ出ていた。
しかし、キィは「歌」から得た「情報」と、自身の新しい感覚を研ぎ澄ませ、その振動の源を必死に探った。彼の耳は、激しい乱れの中にあっても、そこに潜む微細なパターンを読み解こうとしていた。音の粒子は、彼の意識の中で色と形を持ち、混沌とした嵐の中で、ある規則性を帯びて集約されていくのが見えた。
そして、彼はついにその原因を発見した。それは、地球の中心核を構成する巨大な結晶体、地底のすべての生命と音の根源である「地球の心臓」が、何らかの理由で不安定になり、不規則な振動を生み出している音だった。その結晶体は、本来ならば宇宙の調和と共鳴するような、完全な球体を保つはずだった。しかし今、その表面は微細な亀裂が走り、一部が黒ずみ、不規則に脈動していた。
この結晶体の不安定さが、地上の人間の活動、特に環境破壊によって引き起こされる「地球の嘆き」という音によって引き起こされていることを、キィは深く理解した。彼は、「歌」から吸収した膨大な情報の中に、人間の記憶や感情の断片を鮮明に見出したのだ。それは単なる映像ではなかった。音に込められた感情と、彼自身の共感する力が融合し、彼の意識の中で、地上の光景が圧倒的なリアリティを持って具現化された。
彼の脳裏に、いくつもの「嘆きの音」が押し寄せた。
鉄と金属がぶつかり合う、工場地帯の無機質な轟音。
かつて森だった場所で、巨木が倒れる悲鳴のような音。
コンクリートが打ち砕かれ、山々が削られていく乾いた破壊の音。
そして何よりも、無数の命が絶え、動物たちが絶滅していく、生命の消滅の沈黙にも似た、深い悲しみの音。
戦争の爆音、都市の喧騒、環境汚染による海の死の音……。
それらの「嘆きの音」が、彼の意識の中で具現化され、まるで映像のように、地球の表面を蝕む人間の姿を映し出した。人間たちが、自らの活動によって、いかに無自覚に地球を傷つけてきたか。その傷が、地球の深部にまで到達し、中心核の結晶体の安定性を揺るがしていることを、キィは痛いほどに理解した。
コエビトは、これまで地上の生物と完全に隔絶された存在だった。彼らは地上の生物が発する音を食料としていたが、その音に込められた意味や、それが地球に与える影響については無関心だった。彼らにとって、地上の音は、ただ消費されるべきエネルギーでしかなかったのだ。しかし、キィは「歌」を通じて、地上の生物と地球、そしてコエビト自身が、密接に繋がっていることを悟った。地上の生命が発する音が地球の「意識」となり、それが地球の深部で物理的な影響を与えている。自分たちコエビトもまた、その地球の一部であり、無関係ではいられないのだと。
キィは、この状況を打開するためには、コエビトと地上の生物が互いを理解し、協力する必要があると考えた。もはや、異なる世界に閉じこもっている時間はない。彼は、地上の女性の「歌」を吸収することで、その「意識」と共鳴し、自身の体から新たな音を創造できることを発見していた。それは、地中のコエビトと地上の人間、双方に理解できる、かつてない「共鳴の歌」だった。
「僕が、歌う…!」キィは、決意を固め、オトヒメとライムに告げた。オトヒメは静かに頷き、ライムは、未知の恐怖と期待が入り混じった顔でキィを見つめた。
キィは、自身の耳内部に新たに形成された「音波共鳴腺」を、まるで楽器のように震わせた。そこに、吸収した「歌」の情報を感情のままに注ぎ込み、自身の体内の繊毛を介して、その音を地中へと放出した。それは、人間の感情の周波数と、コエビトが慣れ親しんだ地中の音の周波数を融合させた、全く新しい音の言語だった。
彼の「共鳴の歌」は、最初は微かだったが、すぐに強烈な波動となり、地球の中心核から地表へと向かって、全方向へと響き渡った。それは、怒りでもなく、悲しみでもなく、ただ純粋な「理解」と「共感」の響きだった。
歌は、まず「響き食らい」の長老たちの元へと届いた。彼らは、キィを追放しようとしていたその場所で、これまで聞いたこともない、しかしどこか懐かしい、そして抗えない音の波に包まれた。歌は、彼らの階級意識を打ち砕き、地球の奥底で起こっている危機と、それが彼らの存在を脅かしていることを、彼らの「響き」の感覚に直接訴えかけた。地上の生物が発する「嘆きの音」が、いかに地球の平衡を乱し、自分たち「響き食らい」の生存基盤までをも揺るがしているかを、彼らは初めて理解した。それは、言葉ではなく、本能と感情に訴えかける、原始的な真理だった。
そして、その歌は、地上の女性の意識にも届いていた。彼女は、鉱山の中で、いつもと異なる、しかし心地よい微細な振動を感じ取った。それは、まるで地球の深部から、自分に語りかけるような音だった。彼女の歌声は、これまで孤独な作業の合間の気晴らしだったが、今、その歌声が、地中の生命と繋がっていることを、彼女は直感した。彼女は、地質学者としての知識と、自身の歌声を通じて、キィが伝えようとしているメッセージを理解しようと努めた。
キィの「共鳴の歌」は、コエビトと地上の人間の間に、見えない橋を架け始めたのだ。