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音を喰らう者たち:地底の共鳴  作者: 空想シリーズ
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第三章:旅立ちとオトヒメとの出会い

そんな中、地中深くで異変が起こり始めた。「大地の響き」が乱れ、不規則な振動がコエビト社会全体に不安をもたらした。これまで規則正しく、安心感を与えるはずだった地球の中心からの響きが、不協和音を奏で始めたのだ。それは、まるで巨大な生物が苦痛に喘いでいるかのような、不穏な音だった。この異常な振動は、最も高位な「響き食らい」たちの生息地を脅かし、彼らの安定した生活に亀裂を入れ始めた。


「響き食らい」の長老たちは、この異変の原因を探るべく、特別な「響きの儀式」を行った。彼らは地球の中心核の音を最も純粋な形で吸収し、その意味を読み解こうと試みたが、解決策を見出すことはできなかった。彼らがこれまで経験してきたどの異変とも異なる、複雑な乱れだったのだ。彼らの間では、この原因不明の異変は、地上の「歌」に触れて変異したキィが引き起こした「異端の響き」であるという噂が広まり、キィを捕らえるべく動き出した。


キィは、自身の変化によって得られた新たな感覚と、「歌」から得た「情報」、そして垣間見た「未来のビジョン」を頼りに、この異変の原因を探ることを決意した。彼は、この乱れた「大地の響き」の中に、地上の「嘆きの音」との関連性を見出していた。コエビト社会の未来は、この異変を解決できるかどうかにかかっている。そして、その解決の鍵は、自分自身が持つ「共鳴」の力にあると直感したのだ。


彼は、自分を信じてくれた唯一の友、ライムに全てを打ち明けた。「僕は、この異変の原因を探り、地球を、そして僕たちの世界を救わなければならない。君も来るか?」キィの問いかけに、ライムは迷うことなく頷いた。彼の目には、かつての臆病さはなく、キィへの信頼と、未知の世界への微かな期待が宿っていた。ライムもまた、キィの虹色の光に照らされ、新たな音への好奇心が芽生え始めていたのだ。


二人の少年コエビトは、地中深くへと旅立った。彼らが目指すは、地球の中心核。それは、コエビトの誰もが到達したことのない、伝説の領域だった。旅の途中、彼らは様々なコエビトの集落を訪れた。


「囁き食らい」の集落では、彼らが水脈の音から紡ぎ出す、清らかで優美な「水の歌」に触れた。しかし、その水の音もまた、地中の異変によって乱れ、澄んだ響きを失いつつあることを知った。彼らはキィの虹色の皮膚に警戒しながらも、異変に対する不安を露わにした。


「震え食らい」の集落では、彼らが地殻の振動を読み解き、岩盤の動きに合わせて体を震わせる「大地の舞」に遭遇した。しかし、彼らの舞もまた、不規則な振動によって乱れ、その動きには焦燥と混乱が滲んでいた。彼らはキィの放つ複雑な音の波動に戸惑いながらも、その響きに何か未知の力が宿っていることを感じ取っていた。


どの集落でも、地中の異変が彼らの生活を脅かしていることを知った。それぞれの音が乱れることで、食料が減り、生息地が不安定になり、社会の秩序が揺らいでいた。彼らは異変の原因を知りたがったが、キィが語る「地上の音」や「歌」の概念は、彼らの理解の範疇を超えていた。


地中を何層も潜り、高温高圧の領域に近づくにつれて、キィとライムの体は少しずつ変化していった。キィの虹色の皮膚はより鮮やかに輝きを増し、ライムの体も、キィの放つ共鳴の波動に感応するかのように、ごく微かな光を帯び始めていた。ライムは、キィの耳が拾う膨大な音の情報の一部を、感覚的に理解できるようになっていた。地上の風の音から、その日の地上の天候を読み取ったり、遠くの動物の鳴き声から、その感情の揺らぎを感じ取ったりすることも、ごく稀にだが可能になっていた。


旅の途中、彼らは、古くからコエビト社会の言い伝えに登場する、伝説のコエビト、オトヒメの隠れ家へと迷い込んだ。そこは、地中深く、しかし地表からの微かな光が差し込む境界領域に位置し、様々な音の層が複雑に入り混じる特殊な場所だった。


オトヒメは、その名の通り、古のコエビトたちが「音の姫」と崇めた存在であり、彼女もまたかつて禁忌の「歌」に触れ、キィと同じように虹色の光を放つ体に変異した経緯を持つ。彼女は長い間、コエビト社会から「異端」として追放され、孤独に地中を彷徨い、地上の音と地中の音の境界で生きてきた。彼女の体は、キィよりもはるかに複雑で深みのある虹色の光を放ち、その耳は、まるで無限の音を内包しているかのように、どこまでも深く見えた。


オトヒメは、キィの体から放たれる虹色の光を見て、彼が自分と同じ「歌」に触れた者であることを瞬時に見抜いた。彼女の表情には、長い孤独の果てに同族に出会えたことへの、微かな喜びと、深い諦めが混じり合っていた。


「来たか、虹色の体を持つ者よ」オトヒメの声は、水が岩を打つような清らかさと、大地が唸るような深みを併せ持っていた。「お前もまた、禁忌の『歌』に触れたか。そして、その毒を乗り越えたようだな。」


オトヒメは、キィに「歌」の真の力について語った。「歌」は、単なる音ではなく、地上の生物が持つ「意識」の結晶であると。そして、その「意識」は、地球そのものの意識と繋がっており、地中の異変は、地球の深層で起こる「意識の乱れ」が音として現れたものだと説明した。


「この地球は、生きている。そして、地上の生物が発する『音』は、地球の『意識』への問いかけでもあるのだ」オトヒメは静かに語った。「かつて私も、この異変の予兆を感じた。地上の嘆きが、地底の響きを乱し始めていることを。私はその原因を探ろうとしたが、当時のコエビト社会は私を『異端』とし、私の言葉に耳を傾けなかった。私は追放され、この地で孤独に、しかし地球の真理と向き合い続けてきたのだ。」


オトヒメは、自身の経験と知識をキィに伝え、彼が地中の異変を解決するための手助けをすることになった。彼女の知識は、キィが持つ「歌」の理解をさらに深め、彼が抱く疑問の一つ一つに光を当てていった。三人は、さらに地中深く、地球の中心核へと向かった。そこは、これまでどのコエビトも足を踏み入れたことのない、高温高圧の未知の領域だった。オトヒメの導きと、キィの新たな感覚、そしてライムの献身的な支えが、彼らの旅を可能にしていた。彼らは、地球の核心で、すべての音が生まれる場所、そして全ての音が消滅する場所に、ついに到達しようとしていた。

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