6 神話
俺がこの世界に召喚された理由を知りたい。
レオは俺の希望に応えてくれると言った。
かと言って、横抱きにされたまま話を聞くのはなんか違う。そこで俺は「もう歩けるから」と、渋るレオを説得して下ろしてもらうことにした。
正直なところ、地面に下り立った時は「まだ腰が抜けてたらどうしよう」とヒヤヒヤだった。治っていてよかった……! いやあ、腰が抜けるなんて経験は初めてだったからびっくりした。しかも横抱きで運ばれちゃって、俺はお姫様かっつーの。恥ずかしい。
と、「こんな場所にノワールファングが現れるなど、何か異変が起きているとしか思えません。まだ他にもいる可能性がございますので、聖女さ……ハヤトと手を繋ぐ許可をいただけませんか」とレオが言い出すじゃないか。
「えっ、手?」
「はい。いざという時すぐにお庇いできるようにしておきたいのです」
真摯な目で訴えられてしまった俺は、魔物に襲われた時に咄嗟にレオに庇われたことを思い出し、コクンと頷いた。だって魔物は怖いし! 俺は戦えないし!
ということで、現在俺の手はレオの手に繋がれている状態だ。しかも「滑って離すといけませんので」と言われて、まさかまさかの恋人繋ぎだよ。初めてしたかも、恋人繋ぎ。
この俺に成人になってから男同士で手を繋ぐ機会が訪れるとは思ってもみなかった。現在俺は、初めてのことを連続で経験中だ。
俺の困惑には気付いていないのか、レオが端整な横顔を悩ましげに少し歪める。どんな表情をしてもイケメンってすごいと思う。でもこの顔が原因でお城を追い出されちゃったかと思うと、イケメンすぎるのも可哀想。
「説明と申しましても、どこからご説明差し上げればよろしいか……。長くなりますがよろしいでしょうか?」
「むしろできるだけ詳しく聞かせてほしい。自分がいる場所のことを何も知らないのって怖いし」
「承知致しました」
という流れでレオが語った内容は、異世界から来た俺にはまるでラノベの設定のような荒唐無稽なものに聞こえた。
◇
この世界には、俺が元いた世界と同じく人間や動物がいる。
それ以外にも、所謂ファンタジーな存在であるドラゴンなどの生物や、俺たちが先程遭遇したような魔物も存在しているそうだ。
世界共通の宗教は唯一神で、世界を作り今も管理していると言われる女神様だ。
女神様は、遙か昔はもっと世界に干渉していたんだって。だけど干渉が過ぎたことから、人々は女神様の奇跡を当然と思うようになり、努力を怠るようになってしまう。人々の怠惰を嘆いた女神様は、ある時を境に干渉をピタリとやめてしまった。
最初の頃は、「女神様が自分たちを見放した、我々はもう終わりだ」という終末論が吹き荒れた。でもある時、正にこの世の終わりと思われる大噴火が起きる。人々が己らの愚かさを反省し女神様に最期の祈りを捧げた時、女神様が奇跡の力で噴火を鎮めてくれたそうだ。
そこでようやく人々は、「我々は見放されたのではない。自分の足で立てと女神様は仰っておられるのだ。心からの祈りを捧げれば、まだ女神様に祈りの声は届くのだ」と考えを改めていく。以降、人々は女神様の慈悲の心を裏切るまいと心を入れ替え、豊かな世界を築く努力をするようになったそうだ。
これが、この世界に伝わる神話。
だけど、時には世が荒れることもある。世界征服を目論んだ皇帝により戦乱の世になった時は、怨嗟が吹き荒れ、その負のエネルギーが呼び水となって魔物が大量発生。人類の生存が危ぶまれる状態に陥り、世界征服どころの話じゃなくなった。
人々は手を取り合い力を合わせ、皇帝を倒す。だけど魔物の勢いは最早人の手に負えるものではなくなっていた。
その時、すでに神話と思われて久しかった女神様の奇跡が起きる。当時大賢者と呼ばれていた人物の元に、女神様からの神託が降りたんだ。『光の力を持つ者と聖なる力を持つ者を探し出しなさい。聖なる力を持つ者が光の力を取り込むことで、邪の力を退けることが可能となるでしょう』というものだった。
大賢者は神託に従い、『光の力を持つ者』と『聖なる力を持つ者』を探し始める。だけどどうやって見つけたらいいのかすら分からない。五里霧中の状態で行き詰まりを感じていた時、とある男と偶然出会う。
男は立派な体躯を持ち、ひと目で周囲を魅了してしまうほどの美貌を持つ、頭脳明晰なとある小国の若き王太子だった。彼の王国は、国土は小さいながらも何故か他国よりも魔物の被害が少なく、結果として周辺国の中では抜きん出て安全で豊かな国だった。
何故この国は魔物の被害が少ないのか。神託に何か関係があるかもしれないと、藁にも縋りたい思いだった大賢者はしばらくの期間王太子の国に滞在することにした。
王太子はとても優れた人物だったけど、残念なことに何故魔物が少ないかという大賢者の問いに対しては答えを持っていなかった。
長年経験していなかった平穏な時を過ごした大賢者は、季節が変わったところで答えを得られないまま旅立つことにした。女神様の神託は世界の最後の頼みの綱だ。これ以上立ち止まっている訳にはいかなかったんだ。
滞在中にすっかり打ち解け大賢者に信を置くようになっていた王太子は、彼の旅立ちを名残惜しんだ。「せめて国境まで見送らせて欲しい」と言い、僅かなお供を引き連れ大賢者と共に城を後にする。
旅は平穏そのものだった。魔物の脅威は失せたのではないかと疑うほどだった。だけど国境近くまで来た時、一行は魔物に襲われてしまう。その時、大賢者は見た。王太子が持つ剣身が眩く光り輝き始めたことを。
魔物の皮膚は硬く、鍛えられた熟練の兵士が複数対一体でようやく倒せるほどの強敵だ。なのに王太子は、まるで柔らかい物でも切り刻んでいるかのように次々と魔物を倒していく。
驚いた大賢者は、魔物を倒し終えた王太子をどういうことかと問い詰める。王太子は、「魔物を前にすると剣が光るのだ。この剣の加護ではないか」とあっけらかんと返してきた。
だけど、大賢者が王太子の剣を持って魔物の死骸に寄っても光らない。そこで大賢者は護衛の兵士のひとりが持っていた剣を王太子に手渡し、魔物の死骸の近くに立たせてみた。
すると、王太子が手にしたただの剣の剣身が光り始めた。
「貴方様が『光の力を持つ者』だ……!」
大賢者は王太子に叩頭し、『聖なる力を持つ者』を探し出す旅に共に出てほしいと懇願する。慌てて大賢者を起こした王太子は、「よく分からないが私が必要なのであれば」と快諾。共に世界を旅して回ることになった。
聖なる力とはなんなのか。探しているものの正体も分からないまま、行く先々で大賢者は人々に魔物から身を守る知識を与え、王太子は魔物の脅威から幾つもの命を救っていった。
そんなある日のこと、お供の兵のひとりが街で癒しの力を持つ村娘の噂を仕入れてくる。これまでも何度も期待させられては残念な結果に終わってきたが、今度こそはと期待を胸に、一行は山の中腹にある小さな村を訪れた。
最初は警戒していた村長は、相手が大賢者であることを知ると、態度を軟化。呼び出された村娘がその場に到着した瞬間、奇跡が起きた。突然王太子の身体が光り、引き寄せられるように娘の手を取る。すると村娘の身体から木漏れ日のような優しい光が溢れ出したんだ。
みるみる内に光は膨れ上がり、周囲を暖かな光で包み込む。大賢者は歓喜の涙を流した。
「見つけた……! 『聖なる力を持つ者』だ!」
こうして女神の神託を受け数年がかりで見つけ出した大賢者は、二人に協力を仰ぎ――。
三人は世界各地の魔物の被害に悩まされている場所へ赴き、ひとつずつ邪の力を浄化していった。
そして数年が経ち、ようやく魔物の被害が滅多に聞かれなくなった頃。
恋仲になっていた王太子と村娘は、王太子の国に戻り目出度く結婚。元はただの村娘でも、彼女は今や聖女と呼ばれている存在だ。国民に温かく歓迎され、死が二人を分かつ最期の時まで二人は幸せに暮らした――。
◇
「――これが、後に『アルファ』と呼ばれるようになる『光の力を持つ者』と、『オメガ』と呼ばれるようになる『聖なる力を持つ者』が最初に歴史に現れた時の話です」
「アルファとオメガ……?」
そういえば、レオは俺のことをオメガだとかなんとか言ってたよな。聖なる力を持つ人がオメガってこと?
「なあ。オメガって一体なんなの?」
レオが神妙な顔で頷く。
「はい。ご説明申し上げます」
レオの話には、まだ続きがあった。