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5 尊い存在

 レオが戦っている間、俺は目を閉じてひたすらレオにしがみついてやり過ごした。


 しばらくして、少し息が上がったレオに「聖女様、討伐完了です」と耳元に低い声で囁かれる。あまりのイケボ具合に心臓をバクバクさせてしまった俺は、馬鹿なことに何も考えずにパッと瞼を開いてしまったんだ。


「よ、よかったあー! ……えっ」


 視界に飛び込んできたのは、絶命して血溜まりの中に身を沈めているノワールファングたちの死骸。更にはむせ返る血の臭いで、吐き気が込み上げてきた。


「オェ……ッ!」

「聖女様っ!?」


 咄嗟にレオが背中を抱き寄せてレオの胸に俺を押し付けてくれなければ、間違いなく後ろに倒れて地面に激突しながらリバースしていたと思う。


「む、無理……っ、ウエエ……」

「すぐにこの場を離れましょう! 聖女様のお優しい心に配慮できず、申し訳ございませんでした!」


 レオの焦り顔を見た途端、罪悪感が込み上げてくる。俺ってば、迷惑ばっかりかけてる……!


「う、ううん、大丈…………オエェッ」

「聖女様っ」


 レオが機転を利かせてすぐに移動を始めてくれたお陰でリバースせずにすんだけど、結構危なかった。


 ああ、情けない……。


 ◇


 ということで。


 俺を片手に持ち上げたままひとりであっさりとノワールファングの群れを倒してしまったレオは、引き続き俺を抱き抱えたまま暗い夜道を進んでいた。腕力どうなってんの。


 そんなレオは、道中語られた俺の言い訳がましい説明に感心したように目を瞠っている。


「そうなのですか。聖女様の世界には魔物が存在していないとは驚きです」

「そうなんだよ! だから別に俺が特別臆病って訳じゃなくてだな……っ」


 レオは優しいから、穏やかな微笑を浮かべながら頷いて賛同してくれた。


「それは勿論です。魔物と対峙して平然としていられる人間は、こちらでもそう多くはありませんからね。ご安心下さい」

「そうなんだ!」

「はい。魔物退治は騎士や冒険者の仕事ですからね」


 ほっとして、ようやくぎこちなくはあるけど俺にも笑みが戻ってくる。


「よかったあ……俺もその内魔物退治をしろって言われたらどうしようかと思ってたよ」

「聖女様は私がお守り致しますので、魔物と戦えなどと絶対に申しません」

「そっか、うん、ありがと」


 レオってば頼りになるー! 心までイケメンだよ!


 挫けそうになっていた気持ちが、レオの気遣いのある言葉で立ち直り始めた。まあ実際は、あまりの恐怖と安堵に腰が抜けちゃって抱っこされてる真っ最中だから、男としてのプライドは現在進行形でズタズタになっているけど。はは……。


 だってさ、男が男に抱き抱えられているって絵面的にどうよ? だけど今俺は物理的に歩けないし、あんな化け物の死体がゴロゴロ転がっている場所からはさっさと立ち去りたかったし。だからこれは不可抗力ってやつだよ、うん。


 自分に必死で言い訳していると、俺が突然黙りこくってしまったからか、レオが心配そうに尋ねてきた。


「聖女様、まだお加減が? 本当に私は無骨でして、常日頃から気遣いが足りず……。どうお詫びをすればいいものか」


 レオの色素の薄いまつ毛が、悲しそうに伏せる。はあー……綺麗だなあ。思わず見惚れちゃったけど、レオをいつまでも凹ませているわけにもいかない。今や頼りになるのはレオだけ。レオの存在なく俺がこの世界で生き延びる術がある気は、全くしない。


 いつまでも見ていたい欲を無理やり押しやると、笑顔で首を横に振ってみせた。


「違うって! もう大丈夫だよ!」


 俺の言葉に、レオの眉が八の字に垂れ下がる。


「私を気遣っておられるのですか? 聖女様はなんてお優しい」

「気を遣っている訳じゃないんだけど……」

「聖女様は奥ゆかしいお方なのですね」

「……」


 実は俺はさっきから、どうも居心地の悪さを感じていた。一難去ってひと心地がついて、その原因にようやく思い至る。


 そっか……違和感の理由はこれだ。


 いい機会だ。ここで俺は、ひとつ提案をしてみることにした。


「あのさ、さっきから言ってるその『聖女様』っていうの、できればやめて欲しいんだけど」

「え? ですが」


 レオは困惑顔だけど、俺だって困惑中だ。だってさ、俺はただの勤労大学生だぞ? しかも男なのに『聖女』って呼ばれても、正直嬉しくもなんともない。


「あのさ、俺はレオのことを呼び捨てしてるのに、レオが俺を様づけだとなんかむず痒いんだよ。俺は別に偉くもなんともない一般人だし。それに『聖女』って言われても実感なんてないし、他の人を呼んでいるみたいにしか聞こえないし。それになんか役職みたいっていうかその、俺じゃない感っていうか」


 辿々しくも、なんとかここまで一気に伝えた。レオは何も答えず、驚いたような表情でただ俺を見つめているだけだ。これって俺の言いたいこと、ちゃんと伝わってるのかな? いまいち不安だ。


 でも、ここまで言ったからにはもう後には引けない。


「そもそも、俺には片桐隼人って名前があるんだよ。俺としてはそっちを呼んでもらいたいんだけど、ダメ?」


 するとようやくレオが口を開いた。


「……ダメと言いますか……私如きが聖女様の御名を口に出すことなど恐れ多いと申しますか」

「いや別に恐れ多くないし」

「ですがしかし」


 レオは本気で困っている様子だ。レオは俺に強く言えないからはっきり断らないだけで、参ったなあとか考えていそうだな。


 それにしても、この世界での聖女の立場ってどんだけ偉いの? これはじっくりと背景説明をしてもらわないと、この先色々と拙いことが起きそうな予感がする。


 ふと閃く。こんなことを言ったら俺って何様だよと思うけど、でもやっぱり聖女様呼びは嫌だし……。よーし、言ってみるか!


「レオ」

「はい、なんでしょう」


 即座に返事をするこの従順さ。なんだかいける気がしてきたぞ。


「あのさ、じゃあ聖女として命令したらお願いを聞いてくれる?」

「! ……そ、それは勿論……っ」


 レオが「しまった」とでもいうような表情になった。なんかさ、最初は冷たそうだし怖そうな印象だったけど、レオって何気に素直で顔に全部出やすい人? 俺のボクサーブリーフを見て思い切り動揺してたし。


「じゃあ聖女として命令します。この先俺のことは聖女様ではなく、隼人と呼ぶこと!」


 ぎょっとした表情のレオの胸元の服を引っ張り、催促する。


「ほら、言ってみてよ。隼人。ハーヤート!」

「ひ……っ」


 レオは今にもひっくり返りそうな様子だけど、たかが名前だぞ? どんだけ尊いんだよ、俺。


 レオは顔を引き攣らせていたけど、やがて覚悟を決めたような表情に変わり、大きく頷いた。


「わ、分かりました……! 恐れ多くはありますが、これから聖女様のことはハヤト様とお呼び、」

「呼び捨てにしてよ。様づけとかムズムズするんだよ」

「そ、そんな……っ」


 レオが顔を赤くしたり青くしたりしている。さっきは颯爽と魔物を倒してとんでもなく格好よかったのに、このギャップ。なんだかおかしくなってきて、くすりと笑いを漏らしてしまった。


「せ、聖女さ……あっ、ええとそのっ」

「ほら、頑張れ」


 目を白黒させているレオに発破をかける。決して明るくない月明かりの中でも分かるくらい、レオの白い頬は赤くなっていた。ふは、なんか可愛い。


 レオが絞り出すように俺の名を呼んだ。


「ハ……ハヤトッ!」

「あは、できたじゃんレオ」

「うう……っ、恐れ多い……っ」

 

 慌てている人を前にすると、見ている側は冷静になるって言うだろ。今の俺が、まさにその状態だった。


 突然おっさんたちに囲まれたと思ったら訳が分からないまま城から追いやられて、街の外に出たと思ったら見たこともない魔物に襲われ。非現実感の中、これが現実だと認めて冷静に戻れた今、俺は知りたくなった。


「名前を呼べるようになったところでさ、レオ」

「は、はい……! なんでしょう、ハ、ハヤト」


 落ち着かない様子のレオの青い目をジッと見つめる。


「なあ、何がどうなって俺はここにいるの? 最初から俺にも分かるようにきちんと説明してほしいんだ」


 真剣な俺の眼差しを見た途端、所在なさげだったレオの雰囲気が一変する。キリリと口を引き締めると――。


「はい。ご説明致します」


 と、頷いてくれたのだった。

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