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3 レオの滞在先

 レオのマントで覆い隠されながら、松明がところどころに掲げられた暗くていかにもな通路を進んでいく。


 俺の予想では、プロジェックションマッピング的な場所に連れ込まれているんじゃないかと思うんだよな。あ、でも松明は妙にリアルすぎるし近付くと熱も感じるから、多分本物なんだと思う。芸が細かいなあ。


 ただどうしても納得いかないのが、さっきのレオの傷に関してだ。確かに怪我をしていた筈だし、俺の手のひらに残った血痕だって血のりなんかじゃなく間違いなく本物の血だと思う。匂いを嗅ぐと金気臭いし。


 それにあの時俺から出てきたキラキラも……あーもう分かんない! カメラが追ってきる様子もないし、ドッキリじゃなかったらなんなのこれ!? 体験型アトラクション的な!?


 ソワソワして落ち着かない俺の肩を覆うように抱いて隣を歩くレオを、横目でちらりと見上げる。見れば見るほど整った顔だ。アンドロイドだって言われたほうがまだ実感が湧くかもしれない。


 俺の視線に気付いたレオが、口を耳元に寄せて囁く。


「どうされましたか? 歩くのが早いですか?」


 イケボ……!


 声優さながらの低くて綺麗な声のあまりの心地よさに、鳥肌がぞわりと立った。


「わ、あ、う、ううん、大丈夫……っ」


 思わず挙動不審すぎる返しをする。


「? ……何かございましたら遠慮なく仰って下さいね」

「は、はえ」


 眉をキリリとさせて再び前を向くレオ。イケメンすぎる顔は不用意に見つめちゃいけない。俺は知らなかった世界の真理をひとつ知った。


 これ以上レオを見つめすぎないよう、周囲に目線を移動させる。


 ……にしても、随分と広いなここ。こんな大掛かりな施設なんて、お台場とかにあるようなのしか知らないんだけど……。


 得も言われぬ不安を拭えないままそれでもレオに促されて歩き続けていると、やがて庭園のような場所に出る。


 ……え。外?


 思ったと同時に、サアア、とおそらくは葉が風に揺れる音とほんのり肌寒い風を肌に感じて、もう何度目か分からない違和感を覚えた。いやだって八月の東京だよ? 寒いってことはまだ屋内にいるってこと? え? ええ!?


 城らしき黒い輪郭の上にある、本物にしか見えない夜空を見上げる。


 直後、俺の目が最大限に見開かれた。


「この先に、目立たずに城の外に出られる通用門がございます。今からそちらに向かいます……聖女様?」


 レオが足を止め、訝しげな眼差しを俺に向ける。俺はブツブツと呟きながら、必死で頭の中を整理しようと試みていた。


「……ちょっと待って。外に出た感じになった途端に風が冷たいし、どう考えても本当に外だし」

「『外に出た感じ』? 実際外に出ましたが?」


 レオが律儀に反応する。


「――それに月が三つあるんだけど……」


 レオが空にぽっかりと白、オレンジ、青の準備で並ぶ月と俺を交互に見て、首を傾げた。


「聖女様の世界では月は三つではないのですか?」


 えー……意外そうに聞かれたよ。え、プロジェクションマッピングってさすがにこんな明瞭じゃないよな? だって閉塞感ゼロだよ!? え……えええー!?


 マントの中で目と口をぱっかり開けている俺に、レオが申し訳なさそうに囁いた。


「驚いていらっしゃるところ恐縮なのですが、速やかに私の荷物をまとめたいのです。城下町に私の滞在先がございますので、まずはそちらへ急ぎましょう」

「はえ……」


 もう俺にまともな返事は期待しないでくれ。


 こうして俺たちは城の裏庭を抜け、使用人通用門を潜り――ほぼ暗闇と言っていい人気のない城下町を足早に通り抜けていったのだった。


 ◇


 レオの滞在先は、小さな一軒家だった。


 玄関のドアを潜ってすぐ、レオは部屋の各所にあるランプに火を灯していく。コンビニの眩い灯りに慣れた俺から見たら、笑っちゃうぐらいの薄暗さだ。


 手前のスペースには、小さなキッチンとこれまた小さなテーブルに椅子が一脚。続きの間には、きちんと整えられたひとり用のベッドに小さな箪笥、それとコート掛けがあった。


 たったそれだけの、シンプルな家だ。作り物感はなく、どことなく生活臭が漂っている。パッと見たところコンセントらしきものはなく、電化製品だってひとつも見当たらない。


 窓際には、紙とペンが置かれた奥行きの浅い机と、座ったら硬そうな木製の椅子があった。横に暗くて狭そうな小部屋が見えるのは、トイレかな。


「狭くて恐縮ですが、支度の間お寛ぎ下さい」

「はえ」


 ベッドの前まで連れて行かれ、言われるがままに座る。お尻が沈むと同時にガサガサと音がして、思わず飛び上がった。


「え、なにこれ」


 改めて今度はゆっくり腰掛けると、足の間からベッドの下を覗き込んでみる。木製の土台の上にあるマットレスからは、どう見ても藁っぽいものが飛び出ている。その上に敷布団が乗っていた。


「藁……」


 マットレスが、藁。これは本物だ。


 ジワジワと、「いやそんなまさか、でもだって」という確信めいた不安が押し寄せる。もしかしてここは本当に異せ……いやいや、そんな馬鹿な!


 そんな最中(さなか)、レオは勢いよく騎士服を脱いでいく。うっわ……ものすごい腹筋と胸筋なんだけど!?


 何をやったらこんなにいい身体が出来上がるんだろう……と感心しながら眺めている内に、レオは箪笥の中から黒のズボンと、裾が長いグレーのシャツ、地味な茶色のベストを選び取って身につけていく。


 シャツの上から腰に締めた太めの黒いベルトが、引き締まった体型をこれでもかと強調していた。……にしても、一瞬見えたパンツがトランクスよりも長い、膝上の長さまでのステテコみたいなやつだったような。


 俺の目がよほどまん丸くなっていたのか、視線に気付いたレオが俺を振り返る。そしてハッとした表情を浮かべた。


「……そうでした! 私としたことが……っ」

「はえ」


 俺はもう暫くの間まともに返事できていない。

 

「聖女様のそのお召し物では、外では目立ちすぎますね」


 レオは箪笥の中からレオが履いているのと同じような黒いズボンと、くすんだ青緑色っていうのか開襟シャツ風で前で紐がクロスしてる中世っぽい服を取り出し、手渡してきた。


 申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「私の所持している服の中で一番小さい物がこちらになりまして。聖女様には少し大きいとは思いますが……旅の途中で身体の大きさに合った服を早めに入手致しましょう」

「はえ」


 ん? どういうこと? 旅の途中で入手? これから旅に出る設定なの? そういや国外にどうのこうのとか王子の人が言ってたなあ。あれってまだ続いてたの?


「聖女様。私の物で恐縮ですが、お着替えいただけますか? それとも手伝いが必要であれば、僭越ながら私が――」

「わっ、じ、自分でできるから!」


 レオの着替えはジロジロ見ていた癖に、自分が見られるとなると話は別だ。だって俺、ガリガリのヒョロヒョロで脱ぐの恥ずかしいし。


「き、着替えます!」


 宣言すると勢いよく立ち上がった。背中を向けるのはさすがに――と思い、とりあえず横を向く。穿いていたハーフパンツを脱いでいると、横から息を呑む音が聞こえてきた。……ん?


「な、な……っ」


 レオの震え声が聞こえる。な? あまりの貧相ボディに、憐れみを覚えたのか?


 確認の為横目でレオを見ると――手で口元を押さえながら、俺の下半身を恥ずかしそうに見ているじゃないか。えっ。


「な、な、なんという扇情的なお召し物を……っ」

「はい?」


 扇情的? と不思議に思いながら自分の下着を見る。なんの変哲もないボクサーブリーフだ。これのどこが扇情的なのか。


「せ、聖女様の世界では、そんな布地の少ない下着が一般的なのですか……っ!?」

「え? あ、うん、そうだけど……」

「なんという……っ」


 レオは顔を真っ赤にすると、背中を向けてしまった。……ええー。なんか俺が悪いことしたみたいになってるし……。


 釈然としないながらも、借りた服を着ていく。すると気付いてしまった。ズボンからシャツに至るまで全て商品タグはなく、どう見ても手縫いであることに。


 ……いや、まだ証拠は不十分だ。


 首を横に振ると、レオに訴えた。


「レオ」

「は、はいっ」

「でかくて落ちてくるんだけど」

「ベ、ベルトを用意致しますっ!」


 レオは慌てた様子で箪笥を漁ると、俺にベルトを手渡す。大胆に開いた胸元をチラチラ見ると、こほんと咳払いした。


「む、胸元は閉じましょうね……」

「あ、うん」


 真っ赤な顔のレオに、胸元でクロスした紐をギュッと締められる。


「こちらの服は見つかると厄介かもしれません。持っていきましょう」


 俺が着ていた汗だくの服を、革製と思われる肩がけできそうな大きな鞄に詰めていく。レオは更に着替えの服にペンや紙、手拭いっぽい物やらなんらやに更には俺の焼きそばとビールが入ったコンビニ袋も詰め込んでいった。


 辛子マヨネーズ……。いつ味わせてもらえるのか。考えたら切なくなってきた。


 最後に俺に地味なフード付きマントを被せると、俺の肩を抱いて硬い表情で言う。


「では参りましょう、聖女様」

「……えーと。どこへ?」

「道中に説明致します」

「はえ……」


 ランプの灯りを吹き消し、玄関のドアに鍵を掛けるレオ。


 その横顔が計り知れない決意を秘めたものに見えて、かける言葉を失った俺だった。

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