29 そして
ぐっすり寝た俺とレオは、ほぼ同時に目を覚ました。
「なあ、俺今ユキエさんの夢を見てたんだけどさ!」
「私も今テオ殿の夢を見ておりました……!」
俺たちは興奮しながら、夢で語られた内容を伝え合う。そしてこれは夢なんかじゃなく、彼らから先輩としてアドバイスを受けたんだという結論に達した。
「大賢者様やお二人には、感謝しかございませんね」
レオがどこか力の抜けた笑みを浮かべる。でも分かるな。これまで他人にいいように扱われ続けてきたレオ。自由になる為にはこの先やらないといけないことは勿論沢山待ち受けてはいるけど、レオはもうひとりじゃない。
俺という番がいるんだから。
だから俺は、ちょっと照れくさいけどレオに提案してみた。
「あのさ、レオ」
「はい、なんでしょう」
俺を見つめるレオの眼差しは、いつだって甘くて優しい。
「だからその、安全なここにいる間に、その――番っちゃわない!?」
「ゴフッ」
レオが咳き込んだ。まあそうなるだろうなとは思ったんだ。
でも、こればかりはもう後に引けない。俺はレオと一生一緒にいて、幸せを掴んでやるんだから。その為には、照れくさかろうが恥ずかしかろうが、やるしかない!
「レオ。俺さ、この先もずっとレオと一緒に――」
すると、レオの指がそっと俺の唇に触れて俺の言葉を止める。碧眼が煌めき、優しい弧を描いた。
「ハヤト、ここは私から言わせて下さい」
「レオ……」
「ハヤト、貴方を一生守らせて下さい。もう二度と他の人間に譲ろうなどとは考えません。これまでの私は抜け殻だった。ですがこれからの私は違う。貴方を守る為ならば、私は悪魔にもなりましょう」
重い言葉だ。だけどそれだけに、レオの決意も伝わってくる。
勝手に浮かび上がる笑みはそのままに、俺はレオの首に両腕を回した。
「ずっと一緒だぞ?」
「はい。ハヤトと出会った翌日にお伝えした通り、もう二度とお傍を離れないと誓います」
「へへ……っ」
レオの顔が近付いてくる。だから俺は自らレオの膝の上に乗り上げると、思い切り唇を奪ってやったのだった。
◇
数日後、体調と支度を万全に整えた俺とレオは、すっかり打ち解けた大賢者のじいちゃんと共に村を出た。
まさか一緒に旅をすることになるとは思ってなかったので素直にそう伝えると、じいちゃんは「儂の権威はまだそこかしこに残っておるからな。我儘を言う分からず屋のアルファたちには、権威で上から押し潰すのが手っ取り早いんじゃよ」と豪快に笑った。確かにそうかもしれない。
早朝の柔らかな陽光を浴びながら、俺の番のレオが俺の手を恋人繋ぎに握る。愛おしそうな眼差しを俺のうなじに向けると、チュッと触れるだけのキスをうなじにしてきた。ふは。
「では参りましょうか」
「う、うん!」
俺のうなじには、番の証であるレオの噛み跡がしっかりとついている。レオが笑っちゃうくらいしっかり噛んだせいで数日間ジクジクして出発が遅れたのは、もう笑い話にするしかない。
「絶対に消えない跡を残そうと思ったら思わぬほど力が入ってしまいまして」と大きな身体を縮こまらせながら言うレオは、文句なしに可愛かった。俺の番は世界一可愛い! 間違いない!
じいちゃんが、俺たちを呆れた横目で眺める。
「……儂の存在を忘れないようにの」
「わっ、忘れないってば!」
「自重する努力は致します」
それってあまりアテにならないような……とは思ったけど、俺もじいちゃんも何も触れなかった。アルファの愛は重いのが相場らしいし。
じいちゃんが杖をドン! と地面に突く。
「まずは儂の知り合いがまだ残っている国に連絡を取るぞ!」
「はい、よろしくお願い致します」
「できたら厄災が産まれる前になんとかしたいとこだよな!」
こうして俺たちは、世界を浄化する旅に出た。
浄化だけど、人前でキスをするのはさすがにどうかなあということで、レオが指先とかをちょっと切って血を出し、俺がそれを舐めて治癒しながら浄化もする方法をとった。実はこれは、ユキエさんたちからの入れ知恵だったりする。
ほんの少量でも周囲を浄化するには事足りたから、レオもそこまで辛くないし俺も恥ずかしくないし、費用対効果としてはとてもよかったと思う。
大賢者の名は想像していた以上にデカかくて、各国の要人たちが次々に俺たちの味方についてくれることになった。
勿論中には俺たちの存在を眉唾扱いする人もいたけど、そんな時はレッツ浄化だ。目の前で容赦なく浄化をすれば、誰もが納得してくれた。
それと、これはじいちゃんの後悔から「絶対に漏らすでない」と言われて守っていることがあった。
俺の治癒の力を周知させないことだ。
ユキエさんはこのせいで大変な目に遭った。だからどうしても治癒しないといけない時は、じいちゃんが長年の研究の末発見した方法で封じ込めた、癒やしの力入りの水晶を渡している。こうすれば誰の力か曖昧だし、俺の手で直接治癒できるって知られることもないもんな。
後ろ盾を得た俺たちは、満を持してレオの兄ちゃんが持ちかけてきた交渉の場に赴いた。
すると、レオや俺に威圧的な態度を取り自分に有利に持ち込もうとするレオの兄ちゃんを、じいちゃんはそれは見事に完膚なきまでに論破してしまう。
「聖女ハヤトは勇者レオの唯一の番じゃ。二人の仲を割こうとする者は、もれなく女神様の神罰が下るじゃろう」
じいちゃんの宣告と同時に本当に空に暗黒が立ち込めて雷がバリバリ鳴ったので、後で「どうやったの?」と聞いてみた。そうしたらさ、「女神様の『やってみたい』という神託があっての」と返ってきたんだよ。
え……干渉しないんじゃなかったの……と思ったけど、俺は何も言わなかった。神のみぞ知る。触らぬ神に祟りなし、だ。
レオの兄ちゃんは面白いくらい怯えて、これまでのことをレオに謝罪。レオのお母さんを殺したことが各国首脳や臣下の前で暴露されると、非難轟々になった。針の筵になったレオの兄ちゃんは弱気に転じて、自国に不利な条件をどんどん呑んでいく。悔しそうに唇を噛み締めていたけど、それでも反論してくることはなかった。女神様の権威はさすがだ。
こうして最終的に、フィヤード王国を除く周辺各国の同盟宣言が成された。
同盟軍に守られながら、俺たちは魔物の巣窟と化していたフィヤード王国の王城を目指す。
産まれたばかりの厄災に城は滅茶苦茶にされていて、城に以前の面影はどこにもなかった。
厄災を産んだ際にようやく解放されていた魔女が、元の老婆の姿でフラフラになりながらこちらにやってきた。大賢者のじいちゃんを見て「おや、久しいねえ」なんて挨拶をしてきたんだけど。ていうか知り合いだったんだ……。
赤毛の王子は我先にと逃げたそうで、実は責任を感じていた魔女が城に結界を張り、厄災を封じ込めて耐えていたらしい。「もう限界が近かったから助かったよ」という魔女の顔色は確かに悪かったから、俺はサッと近付くと彼女に治癒を施した。
レオが訝しげな顔をしていたけど、「俺の代わりをしてくれていた人だからさ」というとレオも「そうですね」と頷いてくれたから、これでよかったんだと思う。
厄災と呼ばれた禍々しい黒くて巨大な物体が暴れる度、魔女の結界に次第にヒビが入っていく。
「さすがにこれは血だけでは駄目そうですね」
生真面目な顔をしてレオが言った。そして俺の頬を包む、レオの大きな手。
レオはにっこり笑うと、言った。
「愛してます、私の運命の聖女様よ」
「はえ……っ、あっ、うん! 俺も愛してる――んむっ」
俺の口をレオの口が覆うと、次から次へと口の中にレオの唾が流れ込んでくる。
俺はレオの首に腕を巻き付けると、何度もそれを飲み込み続けたのだった。
◇
――無事に厄災を浄化した、その後。
真っ先に王家が逃げ出したフィヤード王国は、地図から消えた。なお、召喚陣は厄災が暴れたせいですでに壊されていた。ちなみにシュタール王国の召喚陣も破壊されて、もう存在していない。女神様によると思われる雷が、空から突然落ちてきたんだそうだ。
じいちゃんの年来の悲願は、こうして実った。
でも、世界のあちこちにはまだまだ魔物が蔓延っている状態だ。そこで俺たちは世界を以前のように安全にするべく、初代アルファとオメガの二人と同じように世界を旅して回ることにしたんだ。
でもひとつ、出発前にやるべきことがあった。レオのお母さんのことだ。レオのお母さんの遺骨は、レオの手によって恋人だった料理人の墓の隣に移された。「これでこの先は前だけを向いていけます」と清々しい笑顔で言っていたのが印象的だったな。時折お墓参りに来ようなと言うとレオの目尻が光っていたけど、俺は余計なことは言わないでおいた。
ということで俺たちは現在、大賢者のじいちゃんと三人――じゃなくて、何故か魔女を含めた四人で旅を続けている。なんか勝手に「退屈しなそうだから」って言ってついて来ちゃったんだよな。まあいいけど。
「そもそもお主が余計なことをするからこんなことになったのじゃ!」
「はん! もっと余計なことをしたジジイが何を言っているんだい! そもそもの原因はお前が作った召喚陣のせいだろうが! それにお前が過去に作った魔封じの道具のせいで逃げられなくなったんだ、迷惑もいいところだよ!」
「く……っ!」
「まあまあお二人とも落ち着いて下さい」
「そうそう! あ、今日の町が見えてきたよ!」
こんな感じで、毎日が賑やかで楽しい。
家族を失ってしまった俺とレオにとっては、二人が親戚のじいちゃんばあちゃんみたいでなんかいいんだよな。そう言うと「こんな者と夫婦など冗談ではないわい!」「アタシもこいつはねえ」なんて言い争いを始めるんだけど、なんかじいちゃんも前よりイキイキしてきたような。
俺とレオは念願のぶらぶらのんびり町散策をしながら、日々愛を育んでいる。あ、それと。俺たちの唇が重なっても、もう勝手に浄化の光は放たれなくなった。俺とイチャつきたいレオの努力の賜物だ。
だから宿屋の部屋に到着するなり、俺はレオの膝の上に乗ってキスをする。だってあの二人の前ではさすがに……なあ?
「なあレオ。魔物が全部いなくなっても、この先もずっと俺と一緒にいてくれる?」
「勿論です。貴方のいる場所が私の唯一の居場所ですから」
「へへ……俺も。大好きだよ、レオ」
大好きで止まない俺の番にはにかみながら伝えると、レオは心底嬉しそうな顔になり――俺に長くて深いキスを贈ってくれたのだった。




