21 愛している
レオが俺のことを愛している――?
考えてもみなかった可能性に、頭の中が真っ白になった。
と、レオが悲しそうな笑みに変わる。それはまるで、最初から叶うことなど諦めていたかのような笑い方だった。
「……やはりお許しいただけませんよね。我ながら自分の卑劣さが嫌になります」
「あ、えと、その」
何も答えられないでいる間に、レオは何を勘違いしたのかどんどん自己完結していく。
「私が抱いた恋心は許されざるものでした……! 申し訳ございません、申し訳ございません……!」
レオは目線を落とすと、俺の目を見なくなった。
――は?
レオのその言葉を聞いた瞬間、怒りと共に固まっていた思考が戻ってくる。
「――誰が許さないって?」
いつになく低い俺の声に、異変を感じたんだろう。レオがきょとんとした顔を上げ、俺を見た。
「なあ。許されざるって一体なんだよ。人を好きになることを、他に結婚相手がいたりするならともかく、自分と相手以外の一体誰に許されないといけないんだよ?」
「ハ、ハヤト?」
怒り任せにギッとレオを睨む。
「レオはさ、俺が許さないとでも思ってんの? レオのことが大好きって言ってる俺がだよ? 俺が今黙ってたのは、まさかレオも俺のことを好きでいてくれていたなんて思ってもいなくて驚いたからであって、嫌だとか許せないなんてこれっぽちも思ってないんだけど? 何勝手に完結してるんだよ、俺の答えをちゃんと聞いてからそういうことは言えよ」
「し、しかし」
レオが怯んだ様子を見せたけど、俺は容赦しなかった。だって、許す許されないは俺の地雷だからな。
「それとも何か? レオの兄ちゃんが許さないだろうって? 俺からしてみたら『だから何?』なんだけど」
「だから……何……?」
驚いた様子のレオに、フンッと荒い鼻息を吹く。
「だってさ、レオの兄ちゃんはレオや俺のことを一番に思ってるか? 思ってないよな? 単に使えるだけって話だよな?」
「そ、それは……」
「でも俺はレオのことを一番大切だと思ってる! レオに愛してるって言われて滅茶苦茶嬉しかった! それに俺もレオを愛してるんだから、つまりこれって両思いだろ! なのに俺たちを利用しようとしているだけの奴に許されるも何もないじゃないか!」
「――へ」
レオの目が、今にも落ちそうなくらいに見開かれた。
「ハヤトは……私のことが……? え、え……っ、慰めで仰っているのではなく?」
「こんなんで嘘吐くように見える? ずっと好きだって言ってただろ」
レオが必死な様子で首を横に振る。
「み、見えません! で、ですが突然のことすぎて心の整理が追いつかず……!」
「ほら! これでさっき驚いて何も言えなかった俺の心境が分かっただろ!」
「は、はい……っ」
自分がとんでもないことを口走っている自覚はあった。だけどそれよりも、怒りのほうが上回っていた。そもそも叔父一家といいレオの兄ちゃんといい、なんで上から目線なんだよ!? どこにお前らが俺たちを許してやる必要性があるんだっつーの! 放っとけや!
つまりこれは、理不尽に対する――半分以上八つ当たりだった。ごめんなレオ。ちょっともう全部言い切るまで止まりそうにない。
だってレオには、俺と同じような思いをして自ら幸せを手放してほしくないから。
「なのにレオはなんだよ! レオとこうしているのは俺なのに、ここにいない他の奴が許してくれないと俺をもう愛してくれないんだ? レオを脅すような奴のことのほうが、レオは大事なんだ?」
俺の言葉に、レオが大慌てで更にブンブンと首を横に振った。
「そっ、そんなことは決してございません! 私はいつ何時もハヤトを愛し続けて参ります!」
疑わしい眼差しでレオを見る。
「……本当?」
「ほ、本当です! 決して嘘は申しません!」
泣き顔のレオの頬を両手で挟んだ。ニッと笑う。レオがどんな種類の俺の笑顔も好きだといいんだけど。
「じゃあこれで喧嘩はおしまい! ――大好きだよ、レオ!」
伝えた途端、レオの染みひとつない肌がボッと赤くなった。唇が小刻みに震えている。
「だ、大好き……っ、こ、これは夢では……っ」
「夢じゃないってば。なあ、レオは? 言ってくれないの?」
照れ笑いしながらレオに尋ねると、涙まみれになっていたレオの顔にもようやく笑みが浮かび上がってきた。
「ハヤト……! はい、私も心の底からお慕いしております!」
「へへ、やった」
レオの頬から両手を離すと、真っ直ぐに伸ばす。レオも同じように両手を俺に向かって伸ばしてくると、これまでの溝を埋めるようにキツく抱き締め合ったのだった。
◇
町に入って行ったレオの兄ちゃん一行が出ていくまでは、この場から動くのは危険だ。
ということで、彼らがどこか他に行くまでの間、静かに森の中で待つことにした。
体感で三時間ほど経ち、空が少し夕方に傾き始めた頃、ようやく馬蹄が響いてくる。彼らは町の入口からやや離れた、丁度俺たちが隠れている近くで馬を止めると、誰もいないと思っているのか普通の声の大きさで話し始めた。
「レオと聖女がこの町には立ち寄っていないのはほぼ確実だろう。隣町へ向かうぞ」
喋っているのは、レオの兄ちゃんだ。声だけ聞くとレオとよく似ている声質だけど、声色はひんやりと冷たい。レオのお母さんを人質に取るような奴だもんな。なんだか納得だ。
騎士のひとりが、不安そうな声を出す。
「しかし殿下、あまり王都に近付きますとさすがに危険では……っ」
「危険は承知している。だが悠長なことは言っていられないのだ。魔女が寄越した使い魔の忠告を無視するには、あまりに危険すぎる」
「確かに……」
魔女の使い魔の忠告? なんのことだろうとレオと顔を見合わせた。レオは眉根を寄せながら、微かに首を横に振っている。レオも分からないみたいだ。
「しかしあの魔女が逃げられぬほどに強固な魔術を使うとは、フィヤードの王子も意外に侮れませんね」
「いや、それはどうだろうな。使い魔の話では、魔力を吸い取る魔道具を使われたとあった。遥か昔に召喚陣を作った際に生まれた副産物のひとつだろう。あやつ自身の力ではない筈だ。――あの程度の底辺アルファではな」
レオの兄ちゃんが鼻で笑った。いかにも性格の悪そうな笑い方だ。見た目がよくてもこの性格じゃ、レオの兄ちゃんとはいえやっぱり仲良くはなれそうにない。
「しかし魔力を封じられはいても、魔女の変身が解けていないことは幸いだったな。お陰でフィヤード王国にその厄災とやらを留めておける。元の老婆の姿に戻っていれば、即座に叩き出されていただろうからな」
「た、確かに……! さすがはジェフロワ殿下、我々にはない着眼点です!」
ふ、というレオの兄ちゃんの偉ぶった笑いが聞こえた。謙遜ゼロ! レオの爪の垢を煎じて喉を詰まらせてやりたい。
それにしても『厄災』ってなんのことだろう? やっぱりレオもなんのことか分からないみたいで、小さく首を横に振っている。
レオの兄ちゃんが続けた。
「あの魔女が『この世に誕生させてはならない厄災』と言うほど腹の中の存在が危険かどうかは、正直眉唾だが……。早急に聖女を確保し浄化させねば世界の危機が訪れると言われては、さすがに動かずにいる訳にはいかぬだろうが」
お腹の中の存在が厄災? え、それってまさか、魔女と赤毛の王子の間にできた子どもがってことか……? 隣で息を潜めているレオを横目で見ると、レオも俺と同じく訝しげな表情をしている。
「まあ、あの底辺の話はもういい。とにかく聖女を早急に見つけ、すぐさま厄災の元に駆けつけねばだ。――行くぞ」
「は!」
レオの兄ちゃんたちが馬に合図を送ると、馬が走り出した。ドカラッドカラッという蹄の音が遠のいていく。
やがて音が全く聞こえなくなってから、俺たちは倒木がある場所に戻った。
「レオ……あれってどういうこと?」
俺の問いかけに対して、レオはやっぱり不思議そうに首を横に振るだけだ。
「私にも状況がよく……。とにかく、兄が早急にハヤトを捕らえたいと思っていることだけは理解しましたが」
「俺はやだよ? あの人のところになんて行かないからな?」
「それは当然でございます! 私とて、ハヤトを兄になど……!」
そこでふと、気が付いた。
「あのさ。そもそもなんだけど、俺と一緒に浄化するのはレオの兄ちゃんである必要はなくない? レオだってアルファなんだし、それに俺とレオは相性抜群なんだろ?」
俺の言葉に、レオが目を見開いた。
「た、確かに……!」
「ちなみにさ、浄化って具体的に何をどうすれば――」
と、その時だった。俺とレオの腹が同時に「ぐううう……っ」と鳴ったのは。
顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出す。
「ふふ……簡易食ならばございますよ。食べましょうか」
「うん! ……あっ、ここはいよいよアレの出番じゃないか!?」
「アレ?」
レオが不思議そうな顔になる。
「アレだよ、俺が持ってきてたやつ! 一人前しかないけど、分け合おうよ!」
俺の提案に、レオが笑顔になった。
「――はい、是非。それでですが、あの町に入るのはやめたほうが無難かと。今夜はこちらでひと晩過ごし、明日は道から外れた町を目指したいと思いますがよろしいですか?」
俺たちのことをあれだけ聞かれた後だ。見つかったらただでは済まないだろうことは、俺にだって分かった。
「うん、そうだな! 俺もそう思う」
レオは安堵したような笑顔になると、膝を叩いて立ち上がる。
「では野宿で恐縮ですが、日が沈む前に整えましょう」
「俺も手伝う!」
こうして俺は、こちらに来て初めての野宿を経験することになったのだった。




