表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/29

19 レオの過去

 レオの罪とはなんなのか。


 突然の懺悔にどう反応していいか分からず、俺の前に膝を突いて祈るように見上げてくるレオをただ見つめ返すことしかできない。


 息を呑むほど美しい涙を流しながら、レオが語り始めた。


「私がフィヤード王国に間者として潜り込むことになったそもそもの原因は、私の生まれにございます」

「生まれ?」

「はい。以前少しだけお伝え致しましたが、私の中にはシュタール王家の血が流れております。ですが『僅かながら』とお伝えしたのは真っ赤な嘘でして……私の父親はシュタール王国の現国王なのです」

「えっ!? じゃあレオは王子様なの!?」


 驚く俺に、レオが頷き返す。


「はい。王子と申しましても、王位継承権はございませんが」

「……どういうこと?」

「ご説明致します」


 レオの話によれば、レオのお母さんはお城で洗濯女として働く平民の娘だった。きれいと評判で、同じくお城で料理人として働く男との結婚を間近に控え、幸せの絶頂にあった。


 だけどある日、なんの風の吹き回しか、日頃は絶対平民たちが働く場所になんて降りてこない筈の国王が通りがかる。そこで彼女を見初めて、自分の物になるよう迫ってきた。


 勿論彼女は、自分が結婚を控えていることや、身分が釣り合わないことを理由に断った。だけど相手は国一の権力者だ。抵抗も虚しく、そのまま手籠めにされてしまう。


 同じ時、恋人の料理人は突然婚約者と連絡が取れなくなり、大慌てで探し回っていた。そして国王が彼女を連れ去り、泣き叫ぶ彼女を連日抱き潰していることを知る。怒り狂った料理人は恋人を助け出しに向かったけど、国王の護衛騎士にあっさり斬り捨てられてしまった。


 国王にその事実を告げられた彼女は、絶望に打ちひしがれる。愛する恋人は殺され、自分は国王の居室に軟禁され、自由を奪われた。彼女に対する国王の執着は凄まじく、彼女と言葉をひと言ふた言交わした使用人の男は、その場で斬られる有り様だった。その日以降、彼女の声は出なくなった。精神的なものだろう。


 彼女が声を失ってからしばらくの後、国王は彼女に離宮を用意することにした。国王の居室に幽閉されていた彼女だけど、実はこれまでも度々命を狙われていたんだ。国王は彼女を守る為、離宮に刺客が忍び込む隙がないよう綿密に設計させ、騎士団の中でも手練れで信用できる者だけを置くことにした。


 黒幕の正体は分かっていた。正妃、もしくは彼女を担ぎ上げたい一派の誰かが手配したものだ。


 国王には正妃と二人の側妃がいた。正妃との間にはレオより三歳年長の異母兄であるジェフロワ王太子殿下がいて、側妃との間にはそれぞれ王女がひとりずつ。全員が政略結婚で一切愛はなく、国内勢力のパワーバランスを取る為に選ばれた三人だった。


 国王はそれぞれとの間に子どもができた後も、均衡を保つ為に定期的に通っては義務的に抱いていた。だけどレオのお母さんを見初めた後は、式典以外で言葉を交わすことはおろか、顔を合わせることもなくなった。本人が望んでいないにも関わらず、レオのお母さんは国王の心を盗んだ簒奪者になってしまっていたんだ。


 そしてレオのお母さんが国王に捕らえられてから一年後、二人の間にレオが生まれる。臣下の提言もあって、平民の母を持つレオには王位継承権は与えられなかった。正妃たちの敵意を削ぐ意味もあったんだろう。


 物言わない彼女もレオの誕生を喜び、可愛がった。悲しい表情ばかりだった彼女の顔に笑みが戻ってきたのは、レオという存在のお陰だ。


 だけど国王はレオを一顧だにせず、彼女だけを求め続けた。ただし、レオの存在があるからこそ彼女は笑い、自分の側にいようと思ってくれていることは国王も理解していた。国王は彼女に対し酷い執着を見せていたけど、それ以外の場面では、周囲から賢王と呼ばれるほど聡明で優れているアルファだったからだ。


 なお、アルファであるか否かは、子どもが二次性徴期を迎えるあたりで判明する。ジェフロワ王子は、証明の儀の前からアルファであることは確実だ、と言われている外見と能力の持ち主だった。


 ちなみにその証明の儀は、捕らえておいた魔物の前で剣を掲げるというものだ。剣身が光ればアルファとして認定される。そして結果は、当然のようにアルファだった。


 レオも国王の血を引く子どもであることに違いはない。だけどレオは痩せっぽちで小さく、顔こそ整っていたけど、どう見てもアルファではないだろうと正妃や臣下たちに嘲笑されていた。


 実はこれは、レオのお母さんの戦略だった。母親である彼女は、幼い頃からレオがアルファの片鱗を見せていることに気付いていた。だからあえてレオを弱く見せる為に食事量や運動量を制限し、証明するに値しないと周囲に思わせることでレオを守っていたんだ。


 彼女は声こそ出せなかったものの、元々は喋っていた人だ。だからレオに口の動きを読ませることで、普通に会話もしていたんだって。実はこれは二人だけの秘密で、国王すらも無筆な彼女との意思疎通には苦労していたそうだ。


 彼女はいつもレオに伝えていた。「いつか二人でここを出て、自由に楽しく暮らそうね」と。レオは、自分に見向きもしない父親のことも、自分たちをいつも馬鹿にしてくる正妃や側妃や臣下たちのことも大嫌いだった。


 世界にはお母さんと自分だけいればいい。あの国王が死ぬか病に倒れるかしてここに来なくなったらその隙に逃げ出そう、とレオは心に決めた。


 レオに対する証明の儀が行われないまま周囲の自分への関心が完全に失われた頃になって、レオはひっそり騎士団の鍛錬場に忍び込んでは見様見真似で剣を振るうようになった。ひ弱な身体のままでは、大好きな母親を守りながら逃走できない。確実に逃げ出せるだけの力が必要だと考えたんだ。


 レオはアルファなだけあって、僅かなことから多くのことを吸収していった。アルファは筋肉もつきやすいのか、痩せっぽちだった身体が次第に男らしいものに変貌していく。


 そんなある日、鍛錬場の影で剣を振っていると、「……レオ殿下?」と声をかけられる。声をかけてきたのは、立派な体躯の中年男性。王国騎士団の騎士団長その人だった。


 レオは母親以外、誰ひとり信用していない。騎士団長は国王の信頼を勝ち得ている人物で時折離宮の護衛もしていたけど、レオの目から見たら母親以外は全員敵だった。


 警戒するレオに、騎士団長は苦笑しながら「構えの中心がズレておりますよ。こうです」と言って教え始める。何故自分にそんなことを? と思っていると、騎士団長は「私の酔狂です。お気になさらず」とうそぶいた。


 信用はできないものの、騎士団長の腕前は確かだ。疑いながらも、レオは「ならば利用してやればいい」と彼から必要なものを吸収することを選んだ。


 レオはとても優秀な生徒だった。「あとは実践あるのみですね。私が教えられることはもうないです」と騎士団長が言う頃には、彼に対する警戒心もほぼ薄れていた。騎士団長にきちんと礼を述べると、彼は笑顔のままただくしゃくしゃとレオの頭を撫でてくれた。


 その頃になると、アルファの国王にも加齢と共に身体に不調が見え始める。これまでほぼ毎日のように離宮を訪れていた国王が、次第に通ってこなくなった。そしてとうとう離宮を守る騎士経由で「病床にありしばらく会いに行くことが叶わない」と連絡が入ってきた時、レオは悟った。


 逃げるなら今を以て他にない、と。


 レオは早急に逃げる準備を始めた。お母さんにも伝えると、彼女は最初はどこか躊躇っている様子が見られたものの、最終的には頷いてくれたそうだ。


 ただ、離宮を出るにあたり、どうしても警備の目を掻い潜らなければならない。自分だけなら塀を飛び越えてでも行けるけど、お母さんを連れては無謀すぎる。


 そこでレオは、いまやお母さん以外に唯一信用できる騎士団長に頼み込んだ。自分たちがここから逃げ出す為に他所で騒ぎを起こしてほしいと。警備の騎士がそちらに集中すれば、自分たちが消えたことに関して処分を免れることができるかもしれないからと。


 騎士団長は考え込んだ後、了承してくれた。彼にもリスクはあったけど、それでも受けてくれたことがレオは嬉しかった。


 そして決行の夜。騒ぎは確かに起きた。離宮に忍び込んだ賊を捕らえに騎士たちがいなくなった隙を狙って、裏口からお母さんと逃げ出す。


 だけど外に出たと思った次の瞬間、二人は何者かによって捕らえられてしまった。


「どこに行くつもりだ? 弟よ」

「ど、どうして……!」


 そこにいたのは、騎士団員を引き連れた異母兄のジェフロワ王子だった。その横に申し訳なさそうに項垂れながら立っていたのは、まさかの騎士団長。


 目を瞠るレオに、ジェフロワ王子が語った。騎士団長の息子はジェフロワ王子の専属護衛騎士のひとり。彼の命とレオを裏切るのとどちらがいいかと王子に迫られ、彼は忠義よりも自分の息子の命を取ったのだと。


 自分だって母親が一番大切だ。いわば人質を取られた状態の騎士団長を責める気にはなれなかった。


「……私たちはここを出て、二人で静かに暮らしたいだけです」

「それをあの父が許すと思うか? 折角ここまで地盤を固めてきたというのに、今あの人に国を滅茶苦茶にされるのは勘弁願いたいのだが」


 ジェフロワ王子はそう言うと、とある取引を提示してきた。


 母親を無事に返してほしければ、フィヤード王国に赴き聖女召喚に関わる情報を入手してこい、というものだった。


「丁度、絶対裏切らない騎士になれるだけの実力がある人間を探していたのだ。お前が任務をこなしている間に、お前たちが自由になれる状況を整えておこうじゃないか」


 レオに否と言う選択肢はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まさか、レオ様にそんな隠されたお話があったとは… 。゜(゜´Д`゜)゜。 と言うことは、ジェフロワ王子が聖女様を奪いに来られたのですかね??? あぁぁぁ(´Д⊂ヽこの後、どうなっていかれるのでしょうか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ