18 白馬の男
緊張しているようなレオの目線を追う。
俺たちからは丁度死角にあたる位置に、もうひとり男がいた。白馬に騎乗している男だ。門番の兵士たちの前に馬を寄せると、黒馬に乗った騎士たちを静かに見下ろしている。
「そう怖がらせるな。黒髪など、頭巾を被れば誤魔化されてしまうだろう? だが騎士のほうはそうはいかない」
白馬の男は今度は兵士たちのほうを向くと、先程の騎士たちとは違い穏やかな口調で尋ねた。
「お前たち。我々が探している騎士はこやつらと同じほどに体格がよく、腹が立つほど見目がよい。金髪碧眼でかなり目立つ容姿をしている筈だが、そういった人物は見かけなかったか?」
「見目のいい、金髪碧眼の体格のいい男ですか……?」
それまでは萎縮していた兵士たちが、少し安堵した様子で確認し合う。
「なあ、お前は見たか?」
「いや、そんな目立つ奴はいなかったかと」
「我々はきちんと出入りする者を確認しております。そのような目立つ者がいたら、記憶に残っているかと」
兵士の言葉に、白馬の男が穏やかに答えた。
「そうか。助かった、感謝する」
「い、いえ、お役に立てず……!」
「では念の為だが、町の中を確認させてもらっても構わないか?」
「は、はい!」
兵士たちが平頭する中、白馬の男が控えている黒馬の騎士たちを振り返る。
「――ということだ。お前たちは最初から高圧的でいけない。それでは聞きたいことも聞けなくなるではないか」
「はっ、申し訳ございません……!」
「中を確認するぞ。来い」
「御意!」
白馬が身体の向きを変える。その時、男の顔が一瞬だけ見えた。男は腰まで届く見事な金髪の持ち主で、レオに負けず劣らず体格がいい。黒馬の騎士たちに比べると、王者の風格があるというか、只者じゃない感がすごい。着ている服も、見るからに質がよさそうだ。
ん? そういえば、どことなく雰囲気がレオに似ているような……?
男たちは門を潜ると、町の中へと消えていった。残された兵士たちは、どこかホッとした様子だ。
「……行っちゃった」
よく分からないけど、シュタール王国の人なら仲間じゃないのかな。どうしてレオは彼らに声をかけなかったんだろう。
視線をレオに向けた。レオの目は驚きに見開かれていて、白馬の男が消えた場所を凝視したまま固まっている。……んん? どうしたどうした。
レオの反応を固唾を呑んで見守っていると、ごく小さな掠れ声でレオが呟いた。
「どうして……あのお方がここに……」
あのお方。知っている相手じゃないと出てこない言葉だ。
「レオ、あの人たちと知り合いだったのか? 声をかけないからてっきり知らない人なのかと思ってたよ」
レオは俺を見ると、なんとも言えない表情を浮かべる。
「知り合い……そうですね、そうと言われればそうです」
なんか微妙な表現だな。もしかしたら顔見知り程度なのかもしれない。顔は知ってるけど、だけじゃなかなか話しかけにくいよな。分かる。
レオは未だに固まったまま、それ以上何も言わない。居心地が悪くなった俺は、話題を振る程度のつもりで感想を述べ始めた。
「そ、そうなんだ……。なんていうか、すごい風格がある人だよな」
レオが、抑揚のない声で尋ねてくる。
「……あの方を見られて、どう思いましたか」
「え?」
なんでここで印象を聞かれるんだろうと不思議に思いながらも、別に答えない理由もない。
「どうって言われても……そうだな、部下にも注意できてたし性格も穏やかそうだし、それに見た目もシャキッとしてたし……まあ格好いいんじゃない? 髪の毛とかサラサラですごかったよな」
「……格好いい……」
呟いた直後、レオの顔から表情がごっそり抜け落ちていくじゃないか。えっ!? あれっ、これってあっちを褒めちゃいけないパターンのやつだったか!? だって知り合いだって言うからさ、あんまり悪いことを言ってもじゃないか!? そもそも部下ならちゃんと最初から躾けておけよとか、そういうことを言ったほうがよかった!?
慌ててレオの腕を掴んだ。
「あっ、でもな! そういや俺、最初にレオを見た時にマジでかっこ――むぐっ」
全部言い終わる前に、レオの右手で俺の口が塞がれる。えっえええ!? どういうこと!? レオの左手がサッと俺の腰に回ると、ひょいと抱き上げられた。いつもの低音イケボが、俺の耳朶に息を吹きかける。
「――ハヤト、しばしお静かに願います」
い、いい声ぇ……っ。不意打ちは卑怯だよ……!
勿論レオが是と言えば是な俺は、コクンと頷いた。
◇
レオが向かった先は、俺たちが歩いてきた道の横にある森の中だった。
辛うじて道を通り過ぎる人間の姿がチラリと見える程度まで奥に進むと、ようやく俺を下ろす。鞄からレオの服を一枚取り出すと倒木の上にサッと敷き、座るよう促してきた。
人の服の上に座るのは抵抗があったものの、レオの表情がめっちゃくちゃ暗いのが気になりすぎた俺は、素直に座った。
レオはいつぞやのように俺の前に膝を突くと、俺の両手を大きな手で包み込む。祈りを捧げるような体勢になると、懇願の眼差しを向けてきた。
「――ハヤト」
「は、はい」
なんだろう。レオはいつだって真面目だけど、ここまで真剣な眼差しを向けられるのは滅多にないから緊張する。
「まずは……先程は突然口を塞いでしまい申し訳ございませんでした。どうしてもそれ以上聞き続けることができず……自分の未熟さが不甲斐なくて仕方ないです」
「はえ? あ、ううん、全然大丈夫だから!」
「なんとお優しい……!」
レオは感動したのか、堪らないといった表情を浮かべた。
レオは一体、何をそんなに聞き続けたくなかったんだろう。さっき俺が話していたのは、あの人が格好いいよなってことだ。その後にレオも第一印象から格好よかったと言いかけたところで、口を塞がれた。……まさか、あの白馬の人が褒められるのをこれ以上聞きたくなかった、とか? え、もしそうだったら、レオってば可愛すぎるんだけど……!
次は何を言い出すのかとドキドキしながら待っていると、レオが瞳を潤ませながら口を開いた。
「私はハヤトに懺悔せねばなりません」
「は? 懺悔って……そんな、レオはいつだって俺の為に、」
「私はずっと……貴方を裏切っていたのです……っ」
レオの頬に、涙がツー、と伝っていく。……この様子だと、本気で言ってる? え、嘘だろ。訳が分からなさすぎて、困惑のあまり不安を覚えた。
「な、何言ってんのレオ……冗談は」
「冗談ではありません! 私は、私は……っ、ハヤトをお救いする為とこの口で言いながら、その実新たな牢獄へと貴方を送り込むつもりで動いていたのです!」
「へ……」
レオが血でも吐いているような辛そうな表情をして、言った。レオが言っている意味が、さっぱり分からない。新たな牢獄ってどういう意味だよ……。
繰り返し首を横に振りながら、否定の言葉が聞きたくて問いかけた。
「レオってば、何を言ってるんだよ……? だってレオは俺を守るって、この先も一緒にいてくれるって……」
いつだって信じられたレオの言葉だけど、今だけは信じたくなかった。
すると、レオがおもむろに俺から手を離して、腰にぶら下げた剣の柄を握る。何をするつもりだろう。何も反応できない内に、レオは剣を抜くと横に掲げて俺の膝の上に置き、俺の右手に柄を握らせたじゃないか。
ズシリとした金属の重さに、反射的に恐怖を覚えた。
「レオ……?」
訳が分からなくて、目の前にいる俺の唯一の名を呼ぶ。
レオは濡れた瞳で俺を見上げたまま、覚悟を決めたような真剣な表情を浮かべて――言った。
「今からお話しすることを全て聞いていただいた上で私のことを許せないと思われましたら、どうぞ遠慮なくこの首を掻っ切って下さいませ」
「え……っ」
柄を握る俺の手を、上から握り込むレオ。
「それくらいのことを私は貴方に致しました。お願い致します。どうか私の罪を聞いていただけますでしょうか……!」
切羽詰まったような声色に、俺は混乱しながらも頷くしかなかった。