17 シュタール王国の騎士
折角二泊するなら少し大きい町がいいだろうということで、予定よりひとつ手前にある町に寄ることにした。
国境に近い場所に位置する次の町は、現在は一触即発な関係にあるレオの出身国である隣国、シュタール王国との交易で発展してきた町だそうだ。
レオが少し憂いた表情で説明する。
「ですが数年前、フィヤード王国は国交を閉ざしてしまいました。そのせいで、主に交易で栄えていた国境付近の町はどんどん活力を失っているとか」
「そうなんだ……」
でも、そりゃそうか。商売相手がいなくなればお金は入ってこないもんな。経済が回っていかなくなるのは自明の理ってやつだ。
「どんどん人口も減り、以前のような活気はないと聞いております」
「なんだか……悲しいな」
「はい」
フィヤード王国が他国の干渉を必要以上に受けたくないという気持ちは、正直分からなくはない。国を乗っ取られたり、自国の発言力が薄れるという懸念は出てくるもんな。
だからといって、魔物をどうにかしたいから是非協力させてくれと言っている相手に対しても対話のルートを閉じちゃったのは、どう考えても悪策としか思えない。
レオが悲しそうな目をして周囲を見回す。
「私もこの辺りを訪れるのは数年ぶりなので正確なところは存じ上げないのですが、貧しくなれば怨嗟が増えます。怨嗟に引き寄せられる習性を持つ魔物の被害が増えていることは、以前はなかった町を取り囲む魔物避けの外壁の多さを見れば想像がつきますので……」
「そうなんだ……」
言われてみれば、確かにどこの村や町も外壁に囲まれていた。あれも以前はなかったものなのか。
「なんかさ、本当あの赤毛の王子って民のことを考えてない感じがする」
自分より顔がいいからというくだらない理由でレオを国外に追い出したり、聖女召喚したのも王家の血を強固なものにする為だとか聞くと、国民は? 魔物の被害が酷いという国や周辺国のことはいいの? と思ってしまう。
レオが遠い目になった。
「王家というのは、余程優れた為政者でない限り強欲で傲慢になっていくものなのかもしれませんね」
やけにしみじみと言うもんだから、慰めの言葉すら出てこなかった。あの赤毛の王子の専属護衛を何年もやっていたんだもんな、そりゃ思うところも山のようにあるよな……。お疲れ、レオ。明日はたっぷり癒やしてやるからな!
そんな感じで、やっぱり手を恋人繋ぎに繋いだ状態で進んでいくと。
時刻はまだ、太陽が真上から少しだけ傾いてきたばかりの頃。早くも遠目に目標の町が見えてきた。レオの言う通り、なかなかの大きさがある。あれならぶらぶら楽しいウィンドウショッピングもできそうだ。
あまり小さい村だとよそ者ってだけで目立つんだよな。俺はフードを被ればス……ッと存在感も薄れるけど、レオは明らかに武人だと分かる体格のよさにあの美貌の持ち主だ。立っているだけでオーラが違うというか、とにかく人目を引いてしまう。でもあれくらい大きな町だったら色んな人がいるだろうし、目立つレオでも周囲の目を気にせずに散策を楽しむことができるんじゃないか。
そう思ったら、俺の足取りはいつもより軽くなった。レオと二人でのんびり過ごせるのが、楽しみで仕方ない。レオにはこれが似合いそうとかこれが美味しいとかいった普段にはない会話をして、レオもそれを楽しいと思ってくれたら。そうしたらもしかして、少しは、ほんのちょっぴりでも俺のことをいいなと思って意識してくれるかも……という打算もないとは言えない。
勿論、浮かれすぎがよくないのは分かっている。実感はないけど、俺の存在は現在魔物に悩まされているこっちの世界の人々にとっては救世主に近いものだろうし。だからシュタール王国のアルファと早く会って少しでも早めに被害を抑えていくことが大事なことも理解しているし、呑気に二泊なんて提案をすることも本来だったら望ましいことじゃないのも分かっている。
――でもさ、何年も任務に縛られ続けてきたレオに、少しくらいは心休まる時間があってもいいじゃないか。しかも俺は異世界から召喚された存在で、はっきり言っちゃえばこっちの世界には本来なんの義理もない。
困っている人々がいるのを助けてあげられるなら助けてあげたいとは思う。だけど一番大切にしたいのは、この世界に来てからずっと俺の味方でいてくれたレオなんだよ。
だから俺は、レオに最大級の笑顔を向ける。レオを癒やしてあげたいから。
「明るい内に町に着くのって初めてだよな! なあレオ、もしかして外食もできたりする?」
「外食ですか?」
「うん! 宿屋の飯も美味いけどさ、料理店の飯はもっと美味いと思うんだよな! レオと品書きを見ながらああでもないこうでもないって言いたい!」
レオは思案するようにしばらく黙り込んだ後、俺を見ながら頷いた。
「そうですね……料理の味までは考慮が及んでおりませんでした。質が上がればハヤトの食事量も増えそうですよね。今夜は是非そうしましょう」
俺の食事量の問題じゃなかったんだけどなあとは思ったけど、理由はなんであれレオとぶらぶらできるいい機会をゲットした俺は、反論はしないことにした。
「へへ、楽しみだな!」
笑顔を向けると、レオはどこか眩しそうな目をして「はい」と答えた。
◇
昼間は魔物の被害が殆どないので、基本どこの町の門も開かれている。
道の両脇に広がる森を通り抜けたら町の入口はもうすぐそこというところまで来た時、門の付近に人が集まっていてなんだか騒がしいことに気付いた。
「なんか人だかりがあるよ」
「なんでしょう。少し様子を見ましょうか」
「うん」
木の幹にこそっと隠れ、目を凝らす。黒馬に乗った体格のいいマント姿の男たちが数名、門番らしき兵士二人に馬上から声をかけているところだった。
威風堂々といった体躯のひとりの男が、馬上から兵士たちを見下ろしつつ、威圧感たっぷりの声で尋ねている。
「黒髪の人間と騎士の二人組だぞ! 本当に見なかったか!」
「で、ですから、黒髪の人物を見た記憶は私には……! そんな珍しい色だったら気付く筈ですし!」
もうひとりの、こちらも体格のいい男が恫喝するような口調で言った。
「門番はお前だけか!? 他にもいるならすぐに呼んでこい!」
「こ、ここにいる私とこいつだけでして……っ、お許しを!」
随分と威圧的で、聞いている側は不快感しかない。
だけどそれ以上に、俺は彼らが口にした内容にガン! と頭を殴られたような衝撃を受けていた。だって、黒髪の女と騎士の二人組ってどう考えても俺たちのことじゃないか!
思わず、繋いだままのレオの手をギュッと握り締めた。
兵士たちは気圧されているのか、腰がかなり引け気味だ。
胸を張って偉そうな態度の馬上の男たちが羽織っているマントは、明らかに上等だと分かるものだ。腰に帯びているのは、長剣。これまでの道中で、一般人は護身用に短剣を携帯していることはあっても、レオが持っているような長い剣を持ってはいないことには俺も気付いていた。
つまり、あれは間違いなく騎士だ。騎士といったら――。
恐怖から、全身にゾワッと悪寒が走った。縋るようにレオの腕にしがみつく。
「レオ……! あれってまさか、赤毛の追手じゃ!」
レオは更に目を凝らして騎士たちを見つめると、やがて小さく首を横に振った。
「……いえ。マントの下に見えるのは、シュタール王国――私の祖国の騎士服のようです。国交が途絶えているとはいえ国境の全てが封鎖されている訳ではないでしょうから、どこかから入り込んだのでしょうが……しかし何故……」
シュタール王国の騎士と聞いて、俺は安堵に肩を撫で下ろす。あの人たちがやけに偉そうで威圧的なのは気になるけど、レオの祖国の騎士なら味方だもんな。もしかしたら、あの兵士たちが最初に騎士たちに何か失礼なことを言って怒らせたのかもしれないし。
彼らに注目しているレオの端整な横顔を、そっと覗き見る。
ここで彼らと合流したら、レオとのだらだら町探索の機会はなくなってしまうかもしれない。それは残念だけど、あまり我儘を言っちゃ駄目だよな……。
「なあレオ」
「はい?」
レオが俺のほうを見た。努めて明るい笑顔を向ける。
「よかったじゃないか! あの人たち、俺たちを迎えに来てくれたのかな? 声をかけてみよ――」
一歩彼らのほうに進みかけた、その時だった。
横目で男たちのほうを見たレオの目が、驚いたように見開かれる。
「……レオ?」
「しっ、お静かに!」
「! う、うん」
俺はレオの視線を追った。