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16 ゆっくりしたい

 次の町に向かう道中、俺は先程考えたことをレオに聞いてみた。


「あのさ。提案なんだけど、もし問題がないなら次の町で二泊してみない?」

「二泊……ですか?」


 レオは不思議そうに小首を傾げている。


「それはまあ……大分王都からも離れられましたし、追われている様子も今のところはありませんから大丈夫かとは思いますが……。何か理由がございますか?」


 お。特に嫌そうな印象は受けないから、この感じなら押せばいけるかもしれない。


「うん。さっきのレオの言葉でさ、これまで俺たちが一度もゆっくりしていなかったことに気付いたんだよ」

「ゆっくり」


 レオが心底不思議そうにオウム返ししてきた。んん? これは一体どういう反応だろう。


 俺の返事を待っているのか、レオは俺の目を見つめたままそれ以上何も言わない。……これってまさか、ゆっくりの概念を知りたいのか? いやあ、まさかさすがにそれはないよな。


「ええと……だからさ――」


 そもそもよく考えてみたら、俺たちはマジでただひたすら移動していたんだよ。


 いつも朝一で宿を出たら、昼に食べる食糧をさっと購入してから即出発。レオは地図を見ながら「今日はこの町に向かいましょう」と言って、スタスタ歩き始める。俺の手はやっぱりレオと繋がれたままだから置いていかれるようなことはないけど、間に別の町や村があっても基本は素通りだ。


 それに最初の頃は、俺も「赤毛の王子の軍団が追ってくるんじゃないか、捕まったら俺は孕めないけど後宮に入れられちゃったりするのかな!? うわ、軟禁なんてやだやだ!」という感じで早くフィヤード王国のお城から離れたくて仕方なかった。だからレオに連れられてズンズン進むことに異論はなかったんだ。実際のところ、景色を楽しむ心の余裕すらなかったと言うほうが正しい。


 だけど日が経つにつれてレオから焦りが感じられなくなってきたこともあって、俺の中からも徐々に焦りが消えていく。改めて周囲を見渡せば異世界の町並みが広がっているし、自然も豊かで俺の世界とはちょっと違う動物だって見かけたりする。


 空には見たこともない形の影が飛んでいて、何かと尋ねれば「あれは飛竜ですね。近寄ると危険な生物ですが、こちらがちょっかいを出さなければ何もしてきませんよ」と、あっさりすぎるほどファンタジーの代表的存在とも言えるドラゴンを見られて興奮したりと、少しずつこちらの世界の色んなことに興味を持てるだけの余裕が生まれてきていた。


 だけど、レオは基本寄り道はしない。レオが最初の時に「本当に私は無骨でして、常日頃から気遣いが足りず」って言ってた理由がなんとなく分かった気がしたよ……。


 ちなみに途中で休憩した時に目の前に広がる花畑がきれいだなと言った時は、「ハヤトのほうが美しいですよ」と真顔で返された。アジアンビューティーの基準が俺には分からない。


 で、だ。日が暮れる前に目的地に到着すると、レオは町の入口で捕まえた人に場所を確認し、宿屋に直行する。これまでどの宿でも食事が当たり前のように提供されていたのでこっちはそういうものなのかとずっと思っていたら、実は違った。俺たちが泊まっている宿屋は比較的ランクが高い所で、所謂大部屋素泊まりな宿もちゃんと別に存在していたんだよな。


 だけど「聖女様であらせられるハヤトを素性も分からない男共と同じ部屋になど……! 考えただけで頭がおかしくなりそうです」と吐き捨てるように言っていたから、節約になったら俺のお荷物感がちょっとは減るかなと思って提案しようと思っていたけどやめた。レオの頭がおかしくなっちゃったら困るし、確かにレオに抱き締められているあの状態で寝ている姿を他人に見られるのも抵抗があるしさ。だけどやっぱりそこは男を警戒するんだな? 釈然としない。


 レオにはレオで、俺の黒目黒髪の印象をできる限り残していきたくないというちゃんとした別の理由もあった。確かにそれは重要だよなと思ったのもあって、結局はそのままちょっとお高い宿に毎日泊まっていたという訳だ。町にいる時は基本フードを被って髪の毛をできる限り晒さないようにしていたのも、もし追っ手が来た時に印象に残っていると拙いからという理由からだ。


 まあ要はだ。俺たちは今まで寄り道も一切せず、観光もせず、町散策もせず、とにかく宿から宿への直行のみだったんだ。異世界に来た実感よりも、ひたすら歩いている実感しかないのってどうなんだよ。勿論俺たちはいつ追われるか分からない立場ではあるからあまり呑気なことも言っていられないけど、多少の息抜きくらいはあってもいいと思うんだよな。


 なので、レオを一日くらい休ませてあげたいという気持ちが勿論一番だけど、俺だってちょっとくらいは異世界の気分を味わいたい――という個人的要望もあってのこの提案だった。


 俺はレオが「癒やされる」と言っていた笑顔がしっかりレオから見えるよう大きく顔を上げながら、頷いた。


「さっきさ、レオが「もう一日宿屋にいたかった」って言ってただろ? いくら体力があるからってレオにだって休息は必要だよなって、その時ようやく気付いたんだよ。レオは俺の面倒だってみてる訳だし、ちょっとは心身ともに休んだほうがいいと思うんだ」

「え? あれはそういう意味では……」


 俺の提案に、レオがどこか困った様子を見せる。うーん。やっぱり駄目か。だけどレオは遠慮の塊な人だから、一回言ったくらいじゃ「そうしましょう」と頷かないことは想定済だ。でもここで俺の願いも付け加えたら、レオもきっとうんという筈!


 今こそ畳み掛ける時! と俺は懸命に訴え始めた。


「それにさ、俺もたまにはゆっくりしてみたい! こっちの世界に来てからずっと歩きっ放しでのんびり観光もしたことがなかったしさ!」

「観光……?」


 滅茶苦茶首を傾げてるな。観光は失敗だったか。えーとえーと、じゃあ!


「観光っていうかそんな大袈裟なものじゃなくてもさ、ちょっとした町散策でいいんだよ! 二人でぶらぶら歩きながら食べ歩きしたり、お店を覗いてみたりとか! なんていうか、ウィンドウショッピング的な感じっていうかさ!」


 レオの首が更に傾ぐ。


「ウィンド……ええと、それは一体?」

「あ」


 そうでした。まだ時折やらかしちゃうんだよな。いかに外来語が日本語に浸透しているかを心底実感してるよ。


「ごめんごめん。ええとさ、要は目的なくぶらぶらしてのんびり過ごすってことだよ。そうだな、例えば――レオはこれまで休みの日は何をしてた?」

「私ですか? そうですね、主に自主鍛錬をしておりました」


 レオは至極当然とばかりに答えた。真面目なレオっぽい行動といえば行動だけど、ええ……まさか本当にそれだけ?


 目を瞠りながら、真面目な表情のレオに尋ねる。


「……町をぶらぶらとかは?」

「必要な物がなくなれば購入できる店には行きますが」

「その後他の店をなんとなく覗いたりは?」

「いえ……目的が特になければ鍛錬の時間に回そうかと」


 休みとは一体。ちょっと頭がクラクラしてきた。真面目もここまでくると、ちょっと行き過ぎな気がする。でも言われてみれば確かに、レオは宿屋にいる時もいつだってきちんとしていて、だらだらと横になっている姿は一度も見たことがなかったかも……。


「……レオの楽しみって何?」

「今はハヤトの笑顔を見ることでしょうか」


 にっこり微笑まれながら言われたけど、俺は涙が出そうになったよ。それは楽しみじゃない。そういうことじゃない。


 繋いでいないほうの手で、レオの腕を掴む。


「レオ!」

「はい。どうされましたか?」


 そうだよ、考えてみたら、レオは国の命令でスパイとして敵国にやってきて、騎士になるべく必死にやってきたんだ。赤毛の王子から召喚の情報を得るには、専属護衛騎士にならないといけない。だから休日返上で必死で努力している内に、休みがなんだったかも分からなくなったんだ――!


 そう気付いた瞬間、これは俺がなんとかしてでもレオに休日のリラックスした過ごし方を教えてあげなければ! という使命感で一杯になった。


「次の町では二泊決定な! それで俺がぶらぶらのんびりがいかに楽しいものかをレオに教えてやるから! 俺と目一杯休日を楽しもう、なっ!?」


 俺の訴えに、レオはやっぱりどこか不思議そうに目を瞬かせた後。


 嬉しそうな笑顔で「はい、楽しみにしております」と答えたのだった。

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