14 間接キス
レオの温かい腕の中でゆるりと覚醒し始めていた俺は、昨日の俺の台詞がどう考えても告白にしか聞こえないだろうことに今更ながらに気が付いた。
よく考えたら「大好きだよ」って、男が男に対して言う台詞じゃなくないか……?
でも実際に俺はレオのことが大好きだし、こうしてくっついていてもちっとも嫌じゃないし、むしろ嬉しい。レオとギューッとしていると、心の中が幸せで満たされていくんだよ。
――これって、やっぱりまさか。
昨日から、俺の中にはひとつの疑念が湧き上がっていた。まさかそんな……レオがいくらとんでもないイケメンとはいえ、相手は男だぞ?
スー、スー、と気持ちのよさそうな寝息を立てているレオの寝顔が見たくて、瞼を開く。目の前には、まだ淡い色合いの朝日に照らし出された麗しい美顔があった。少し開いた唇が可愛い。
……おい、俺よ。可愛いってさ、レオは男だよ? 俺たちは男同士だよ? 本気で大丈夫?
でも、折角まじまじと遠慮なく見られるこのチャンスを逃したくはない。俺はレオの寝顔を観察するようにじっくりと眺めた。本当に非の打ち所のない整った顔だ。ちょっぴり生えている無精髭だって似合うんだから羨ましい限りだ。
……仮にだよ? 仮に俺の好きが対保護者的なものじゃなくて恋愛的なものだったとしよう。とすると、この薄い形のいい唇にキスをしたいとか思う筈だよな。
「……レオとキス……」
これまでレオを全く意識していなかったといえば嘘になる。お互いほぼ裸の状態で風呂に入っているし、なんならレオの手が俺の肌に直接触れる度、何故か気持ちよくてゾクゾクしていた。
マッサージなんて高級なところに行ったことはないからマッサージをしてもらうとこういう感じなのかなって思うようにしていたけど、もしこれがレオに触れられることでしか起きない現象だとしたら。
「レオとキスねえ……」
改めて、レオの唇を見た。そうだ、想像してみるんだ。俺とレオがキスしているところを。うげー、無理! てなったらこれは恋愛感情じゃないだろうし、そうじゃなかったら――。
……柔らかそうだな。レオって意外とキス魔でさ、ぎゅっとしてくれる時に結構な確率で頭の上にレオの唇が当たってるんだよな。薄い唇に見える癖に、当たると予想外に柔らかくて毎回ドキッとしてしまう。レオってば罪作りな男だよなあ。
――唇って実際直接触れると、どれくらい柔らかいのかな。
抑え切れない欲求に、無意識の内にレオの唇に手が伸びていた。人差し指の腹で、レオの下唇を軽く押してみる。……うおお、柔らかい。想像以上に柔らかくて、うわ、何これ癖になりそう……!
次第に遠慮がなくなってきた俺は、レオが寝ているのをいいことにふにふにと触り続けた。ヤバい、本気で病みつきになりそう。
「へへ、柔らか……」
ちょっぴりニヤニヤしながら堪能していると、ふとどこからか視線を感じる。
ま、まさか……。
恐る恐る目線を上にあげると、案の定レオが眠そうな目を開いて俺を見ているじゃないか。
や、やっちゃった……! 俺の指は今もレオの唇の上にある。言い訳のしようがない状況だ。
俺が固まっていると、レオが眠たげな声で尋ねてきた。
「……ハヤト、どうされました……?」
寝起きの声もイケボってズルいよな。俺もイケボに生まれたかった。
頭ではそんなことを思っているのに、実際は焦ってしまい俺は明らかに怪しい返答をしてしまっていた。
「はえっ、あのっ、そのっ、や、柔らかそうだなって思ってついっ! はは、あははっ」
噛みっ噛みだ。レオの目が細まり、俺の唇に長い指が伸ばされてくる。ふに、とレオの指の腹が俺の下唇に触れると、レオの目が弧を描いた。
「……確かに柔らかいですね。もう少し触れてみても?」
「は、はえ……」
人のを遠慮なく触っておいて、否もクソもない。俺は素直に了承した。
レオは更にふにふにした後、ふと何かを思いついたかのように目線を上に向ける。
「ハヤトの唇はずっと触っていたい柔らかさですが……私の唇はそんなに柔らかかったですか?」
「は、はえ」
まともな返事は最早できなくなっていたけど、辛うじて頷くことはできた。
「どれ、では比べてみましょうか」
「はえ……っ?」
レオは先程まで俺の唇に触れていた指を、今度は自分の唇に押し当てる。しばらく試すかのようにふにふにしていたけど、小首を傾げると指を離した。
あわあわしている俺を見て、にっこりと笑いかける。
「ハヤトの唇のほうがものすごく柔らかくて気持ちよかったですよ」
「は、はえ」
レオはくすりと笑った後に俺の身体を腕で引き寄せると。
「おはようございます、ハヤト」
「…………!」
これが朝の挨拶だとばかりに、ゾクゾクしてきてしまいそうなほど濃厚な抱擁をしてきた。
だけどそれよりも、目下俺の頭の中はひとつのことで埋められていた。
こ、これって間接キス……!
恋愛経験はおろか、ふざけて友達同士で――なんて経験も皆無だった俺のキャパは、限界に近付いていた。
しばらくして、レオの熱烈な朝の挨拶である抱擁が緩まっていく。いつもならすぐに「おはよう」と答える俺から一向に返事がないからか、レオが「……ハヤト?」と訝しげにレオの胸についさっきまで埋もれていた俺の顔を覗き込んできた。
「お、おは、おは……よ……」
顔だけでなく全身が真っ赤になってしまっているだろう俺のギリギリの挨拶を聞いたレオは、破顔一笑。
「はい、おはようございます」
そう言うと、あろうことか俺のおでこにチュッと音を立ててキスをしてきたじゃないか。
でこチュー…………!
ぷす、と俺の脳みそが湯気を上げる音が聞こえた気がした。
◇
冷たい井戸の水で顔を洗うと、ようやく身体の火照りが収まってきた。
……レオってば、絶対俺のことをからかったよな?
隣で涼しい顔をして手拭いで顔を拭いているレオを横目でちらりと見る。すると俺の視線に気付いたレオが、俺を見てにこりと笑った。
「――ッ!」
バッと顔を背ける。
「ハヤト?」
「あっ、む、虫が顔にな! あは、はははっ」
「それは……目に入りませんでしたか?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくるレオ。や、ヤバい……! 認識した途端、毎日当たり前のように見ていた顔を直視できない……!
そう。先程のでこチューで俺は自覚してしまったんだ。レオにキスされるのがちっとも嫌でなかったことに。
――俺、レオのことが好きになっちゃったんだ。恋愛的な意味で。
一度認めてしまえば、あれもこれも思い当たる節しかない。俺ってば、レオに構って欲しくてレオが甘いのをいいことに散々我儘を言って恥ずかしい……!
あーもう! レオはあくまで俺が聖女様だから、あとちょっと慣れたお陰もあってこうしていてくれるだけなのに、バリバリ恋愛感情を向けられているなんて知ったらどう思うかなあ!? 気持ち悪いとか思われたら、立ち直れる気がしない……!
「……ハヤト? やはり目に」
ひとりで百面相をしている俺を訝しんだレオが、俺の頬に手を伸ばしてくる。そのまま下瞼をベーッとされてレオが確認している間、俺の心臓はドキドキしっ放しだった。
こ、これキツイ……! 昨日まで平気な面をしてレオに抱き締められながら寝ていた自分が信じられない!
――だけど、レオはどういうつもりかは分からないけど、確かに俺と一緒にいたいって言ってくれた。ということは、少しは脈ありだったりして……?
だったら俺は引き続き脱・足手まとい計画を実行していって、少しでもレオに俺がいるとなんかいいなと思ってもらうようにしたらいいんじゃないか……? そうしたら、満を持して俺が告白しても、万が一の可能性で万が一があるかもしれないし! よし、この作戦でいこう!
「レオ!」
「は、はい?」
レオは突然の俺の大声に若干引き気味だったけど、俺は両手の拳を握り締めて決意表明をした。
「俺、これからもレオの役に立つよう頑張るから! 期待していてほしい!」
「あまり無理はせずとも……」
「そこは頑張れって言ってくれよ!」
唇を尖らせると、レオがフッと笑いを漏らす。
「……はい。一緒に頑張りましょうね、ハヤト」
「うん!」
俺とレオは顔を見合わせると、どちらからともなく笑顔になったのだった。