12 脱・足手まとい
俺でも役に立てることは何かないか。
脱・足手まといを誓ったその日から、俺は積極的に自分ができることを探すようになった。
最初に発見したのは、洗濯だ。
服は三日くらい着ていると段々と臭いがキツくなってくるので、定期的に洗濯していた。これまでは宿に早く着いた天気のいい日にレオがまとめて洗っていたんだけど、「今日は俺が洗う! これくらいさせてよ!」と「ハヤトにそんなことをさせる訳には」と抵抗するレオから半ば強引に奪い取ってみた。
元の世界にいた時、俺は洗濯機を所持していなかった。洗濯機は高いし、水道代だってかかるし。基本は溜めて週一回だけコインランドリーを利用していたけど、下着やTシャツ程度は節約の為に手洗いしていた。百均の洗濯板は大活躍だったよ。
なので、手洗いの際に起こるトラブルの代表例である生乾き臭についても、ちゃんと経験済だ。臭いの原因が菌であると知っていた俺は、タライ一杯のお湯をもらって洗濯物を浸け込んでみた。レオが「これは何をされているんです……?」と不思議そうにしていたから、「乾いてからのお楽しみだよ」と言ったら、小首を傾げていたのが可愛かったな。
実はこれまで結構な確率で生乾き臭がしていたので、純粋に臭いを取りたい欲もあった。だって臭いのは普通に嫌だもんな。この菌は一度つくとなかなか落ちないけど、お湯に浸けると滅菌されて臭いが消えるんだよ。撲滅してやるからな、待ってろよ!
浸け込みが終わり、きちんと絞った洗濯物を干して。翌朝になり臭くない服を着た時のレオの驚きようといったら、こっちが笑ってしまうくらいだった。俺、文明チート中? なんて思えて嬉しかったな。
で。洗濯板でゴシゴシすれば、生地も傷んでくる。叔父の家にいる頃から気軽に「服を買ってほしい」と言えずにいた俺は、穴が空いたら針と糸を使って自分で塞いだりしていた。当時未成年だった俺は、まだ両親が残した遺産を使えずにいたんだよね。勿論後見人の叔父に言えば使うこともできただろうけど、「その程度なら買ってやれるのに」と非難がましく言われるのが嫌だったんだ。だからいつもギリギリまで着ていた。
なので多少のほつれなんかはお手のものだ。レオに町で買ってもらった裁縫セットでスイスイ縫っていった時のレオの顔ったら、見ものだったなあ。「私はどうも不器用で」って言ってた。縫い物ができる人を心底尊敬してるんだって。
じゃあ俺、聖女じゃなくてもレオの尊敬の対象になった? なんて思ったら、くすぐったさと同時にやっぱり嬉しくなった。
その他にも、レオの髪が伸びてきて邪魔そうに掻き分けたりしていたから、切ってあげた。「ハヤトはどうしてこんなことができるのですか……!?」って滅茶苦茶目をまん丸くして驚いていたのもおかしかったな。
「前髪くらいはできるって。後ろはさすがに千円カットに行ってたけど」
「センエンカットとは……?」
「はは、ちょっと説明が大変かも」
俺の髪はというと、元々そろそろ切りに行かないとなあと思ってはいたけど「節約だから」とギリギリまで先延ばしにしていたせいで、こちらの世界に来た時点で肩につくほどまで伸びていた。
それが旅の間に更に伸びてしまったので、今は紐で後ろにまとめてある。ちなみに髭は生えない。本来なら顎に一本……いや数本程度は生える筈なんだけど、何故かこっちの世界に来てからそれすらも生えなくなってしまった。なんで?
レオは俺の黒髪がお気に召しているようで、事ある毎に触れては撫で、摘んでは指で梳いてを繰り返している。尊い聖女様の黒髪が、とか思ってるんだろうなあ。
相変わらず続けられている添い寝では、腕枕に髪を梳かれる動作が追加されるようになった。こそばゆいけど、気持ちいいから嫌いじゃない。
部屋にベッドがふたつあろうが、レオは必ず俺と一緒に寝る。この日もレオは俺を抱き締めながら、俺の髪の毛を指で優しく梳いていた。あまりの気持ちよさに、俺はもう寝落ち寸前だ。
だけど、寝る前にどうしてもレオに尋ねたいことがあった。
「なあ……レオ」
「はい。どうされました? ハヤト」
超至近距離でレオのご尊顔を眺めることにも大分抵抗感が薄れてきていた俺は、レオの呼吸を顔に感じながらきれいな碧眼を覗き込む。
「俺、少しはレオの役に立ってる? 足手まといだなって思ったところがあったら直すから、遠慮しないで言ってな?」
すると俺の問いかけを聞いたレオが、一体どういう感情からくるものなのか、ギュッと口を引き結んだじゃないか。
「……レオ? どうし――わっ」
突然後頭部を大きな手で掴まれて、顔面がレオの豊かな胸筋に押し付けられる。
「ハヤト、貴方という人は……っ」
いつになく強い抱擁に、俺は目を白黒させながらも息継ぎの為に「ぷはっ」と上を向いた。レオの顔は俺の頭頂にくっついていて、表情を窺うことは叶わない。どうしちゃったんだろう?
「レオ?」
レオが苦しそうに囁く。
「貴方は分かっておられないのです……貴方の存在がどれほど大きいことかを……!」
レオの言い方は毎回大袈裟なんだよなあ。
「ええとつまり、ちゃんと役に立ってるってこと?」
「当然ではありませんか……!」
「へへ、ならよかった」
レオの抱擁は、ちょぴっとばかし苦しかったけど。
温かな腕の中は世界中のどこよりも安堵できて、俺は幸せに浸りながら瞼を閉じたのだった。
◇
歩いて歩いて歩き続けて、残された道のりも半分以下となり、国境まであと数日のところまで迫ってきた。
レオは相変わらず俺の手を恋人繋ぎに握り締めている。
「レオ、もうそろそろ手を……」
「離しませんからね」
頑なに離そうとしてくれないのは相変わらずだ。だけど以前よりも俺の中のお荷物感が減少したからか、申し訳なさも前より減っている。だから軽い調子で笑い返すことができた。
「あは、そっか」
「はい。こればかりは聖女様の命令だと言われようとも従えませんので」
レオは淡々と答えながらも、目元を緩ませて横目で俺を見ている。
「そうなんだ」
「そうですね」
最初の頃と比べて、レオの俺に対する雰囲気が若干だけど柔らかく気安いものに変わってきたと思うのは、俺の気のせいかな。
「……なあレオ」
「なんでしょう」
「レオの国に着いたら、俺は具体的に何をすればいいのかな。向こうに着いても、レオは俺の傍にいてくれる?」
「ハヤト……」
レオに依存するのはどうかとは思うけど、こっちの世界で唯一最初から俺の味方でいてくれたレオと離れるのはどうしたって怖い。だけどレオさえ隣にいてくれれば、未知なことにも対峙できる気がしていた。
――それと。
「俺さ、実はここのところ考えていたことがあって」
「考えていたこと、ですか?」
「うん――」
正直なところ、最近俺は悩んでいた。
俺の両親は他界してもういない。親戚はいても、気不味い関係で二年もの間顔も合わせていない程度の仲でしかない。
勿論、両親が残してくれた遺産は大事だし、形見も大事だから捨てられたくはない。
――でも、他に欲しいものってあったっけ?
そう考えたら、驚くほど自分には未来に対する夢とか希望がなくて、両親との思い出という過去以外に大事なものがないことに気付かされたんだ。
大学は、就職に必要だと思ったから進学した。居酒屋のバイトは、生活費の足しになると思ったからした。大学で会話する友達はいるけど、俺が遊びや飲みに誘われても行かないからか、すっかりただの知り合い程度に成り下がってしまった。寂しいけど、でも人付き合いにはお金がかかるから仕方ないと思っていた。友達と疎遠になっても、自分の中で「そっか」で終わらせていた。
だから思ってしまったんだ。
殆ど大事なものが残されていない、夢も何もないあの世界に戻る必要は本当にあるのかなって。だってこっちにいれば、俺は聖女として人々の役に立てる。浄化が終わった後はもう俺は必要とされないかもしれないけど、癒しの力がまだ残っているのなら怪我を治してあげることもできるじゃないか。
聖なる力が俺に備わっている限り、俺は「許してもらわないといけない」存在にならなくて済む。普通に生きて、普通に笑って、普通に怒って。そんなことをしてもわざわざ「許してもらわないといけない」必要は、こっちにはないんだ。
――それに何より、こっちの世界にはレオがいるから。
「俺がこっちの世界に残るって言ったら、レオは……嬉しい?」
俺の質問に、レオの目が大きく見開かれた。