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11 ワンオブゼム

 そんなことがあった、異世界召喚二日目。


 その日以降、レオは本当に片時も俺から離れなくなった。文字通り、片時も。


「レオ、もうそろそろ手を……」

「いえ、離しません」

「は、はは……」


 外が暗くなってから歩いたのは最初の晩だけだったからか、あの日以降は魔物にも遭遇していない。日の光の下では、魔物の活動は大幅に制限されるんだって。なのに日の光が照らす街道を歩く間ずっと、俺はレオに恋人繋ぎで手を握られていた。……なんで?


 時折すれ違う行商人らしき人にも、なんだか生暖かい目で見られている気がしてならない。中には夫婦や恋人っぽい人たちもいたけど、誰も手なんて繋いでいなかったんだよ。唯一手を繋いでいるのを見たのは、母親と幼い子どもだけ。


 ――えっ。もしかして俺、レオに子ども扱いされてる……?


 最初にそう気付いた時は、恥ずかしさのあまり全身に変な汗を掻いた。だってこれってさ、やっぱり俺がパニックを起こして泣き喚いちゃったのが原因じゃないか。俺が子どもみたいな我儘を言ったばかりに、大人な癖に足手まといでしかない俺の手を引いているんだとしたら。


 思い至ったすぐ後に、俺は更にもうひとつとんでもないことに気付いた。


 そもそも、レオが俺に親切なのは俺が聖女様だからだ。だから当然俺個人については何も思っちゃいないだろうし、むしろウジウジした面倒くさい奴が聖女になっちゃったな、なんて思っているんじゃないか――。


 俺自身が大切にされていると思っていた盛大な勘違いに、恥ずかしすぎて叫びたくなったよ。ああもうっ、何図々しく甘えてんだよ、俺の馬鹿! レオは俺に利用価値があるから守っているだけなのに!


『聖女様』と呼ばれるのはむず痒かったから止めてもらって正解だと今でも思っているけど、あれだってよく考えたら随分と図々しいお願いだったし。何が聖女の命令だよ、恥ずかしい……。はあ……もう何やってたんだ、初日の俺。


 だってさ、たとえ異世界召喚されたのが俺以外の人だったとしても、レオの対応は変わらなかった筈だろ。つまりあれだよ、あれ。元の世界にいた時と一緒で、俺は所詮ワンオブゼム。召喚されて聖なる力が備わっただけで、俺自身の価値は何も変わっていない。


 こうなったら、できるだけ速やかに「俺はもう大丈夫だから」ということをレオに理解してもらい、これ以上余計な負担をかけさせないようにしなければ。


 ……正直言えば、大切にされるとそりゃ嬉しいよ? 両親がいなくなってから、俺はずっと誰の一番にもなれていなかったから。


 だけどこれは、俺個人には向けられていない親切だ。つまりは思い上がりってことを忘れちゃいけない。だから俺は「親切にされているからってつけあがるなよ俺!」と自分に言い聞かせた上で、事ある毎に「レオ、もう離してくれて大丈夫だから! この間のはもうそろそろ忘れてよ!」と伝えていった。


 だけどレオは「いえ、私が不安ですので」と言って、決して手を離してはくれなかった。正に今断られたように。


 ……どうしてだよー!


 両親が死んで以降、俺は誰にも弱音は吐かなかったし、甘えたり我儘を言ったりもしたことはなかった。自分の足でしっかり立って「俺ひとりでも大丈夫だよ」って天国の父さんと母さんに見せてやろうと思っていたから、気を張って頑張っていた。


 だから、これは完全に初手を誤ったケースだ。あーもう、異世界召喚直後でパニクっていたとはいえ、なんで赤の他人のレオにあんなに依存するようなことを言っちゃったんだろう。反省しかない。


 しかし普段は人に頼らない筈の俺が、何故レオにだけはあんな甘えるようなことを口走ってしまったのか。考えて考えて考え抜いた末の結論は、あれが「刷り込み現象」によるものだったんじゃないかってことだった。


 そう、鳥の雛が卵から生まれて最初に見た相手を親だと信じ込む、インプリンティングのことだ。俺がこの世界にきて最初に見たのはおっさんたちだけど、俺にこの世界の説明をしてくれて俺を守ると言ってくれたのはレオが初めてだった。


 決定的になったのは、魔物に襲われた時だろうな。あの瞬間、俺の中でレオは絶対的保護者だという刷り込みが行われたんだと思う。


 聞いてみれば、レオは俺より五歳年上の二五歳。年上で頼り甲斐があるけど、何から何まで頼り切ってしまっては、レオだって絶対窮屈に違いない。


 だから離して欲しいのに、レオはこうしてしゃべりながら街道を進んでいる今も、俺の手をしっかり恋人繋ぎで握り締めて離さない。


 俺の視線を受けて何を思ったのか、レオが突然申し訳なさそうに謝ってきた。


「毎日急かしてしまい申し訳ございません。実は急いでいるのには理由がございまして」

「理由? どんな?」


 確かに毎日、結構な距離を歩いている。宿屋に到着する頃には、いつも俺の足はパンパンだ。


「アンリ殿下は聖女召喚に関しては真面目に取り組んでおられましたが、聖女がどういった存在かについてはあまり興味がないご様子でした。ですので、聖女が偽物であることにいつ気付かれるかは正直なところ未知数なのです。しかし油断は禁物。すぐに気付かれた場合を想定し、急ぎめで国境に向かっているのです」

「あ、そういうことだったんだ。――て、向こうにはすぐに気付かれそうなの?」


 レオが困ったように眉尻を下げる。


「いえ、それが……聖女がどのように邪を浄化するのかも、果たして理解しておられるか……。なのであくまで最悪を予想しての行動なのですが、魔女が子どもを身籠った場合は出産前に身を隠すと言っていましたので、そちらも考慮した上でのことでして」

「ええ? 理解してないって、そんなことってある?」


 何年も光の力を転移陣に注ぎ続けた癖に? と思っていたら、レオが神妙な様子で頷いた。


「ええ。『とにかく後宮に沈めて孕ませ子を産ませ続ければいいのだろう?』と仰っておられたくらいですので……」


 憂い顔は麗しいけど、語る内容は唖然とするものだ。


「……あの赤毛王子ってアホの子?」

「と言いますか、あまり世界の危機について関心がないと言いますか。待望のアルファとして育てられた故の傲慢さといいますか、本来アルファは優秀である筈なのですが……」

「やっぱりアホの子じゃないか」

「返す言葉もございません」


 王政だとトップがアホだと国民は大変だなあと、他人事ながら心配になった俺だった。


 ◇

 

 小さな村の宿に到着した俺は、毎日繰り返している台詞をレオに伝えた。


「俺はもう大丈夫だから。ひとりで風呂も入れるよ。な?」


 風呂と言っても、こっちの世界の風呂は沸かしてもらったお湯を桶で被るだけの沐浴みたいなものだ。ゆっくり浸かって温まるなんてこともないから、サッサと洗って終わりくらいの簡単なものなんだよな。


 なのにレオは生真面目そうな顔のまま首を横に振った。


「いえ。ハヤトに心細い思いはもう二度とさせたくありませんので」


 そう言って、その日も下着だけの姿になったレオに丁寧に洗われてしまった。誰もここまでしろとは言ってないんだけど……。


 ちなみに「じゃあ俺も洗ってあげるよ」と声をかけたら、「ハヤトの手を煩わすなど!」と断られてしまった。これじゃお疲れ様代わりに背中を流してあげることもできない。ああ、お荷物感が増していく……。


 それ以外にも、レオの過剰な行動は続いていた。


 その最たるものは、トイレだ。最初の時に、ボットントイレの個室の中にまで入ってこようとしたので「排泄場面はさすがに見られたくないから!」と抵抗したら、渋々だけどドアの前で待たれるようになった。これが最大限の譲歩らしい。音とかは、もう……耳を塞いでくれていると信じるしかない。


 寝る時は必ず腕枕だし、その上抱き締められている。俺が起きるまでレオは絶対に起き上がらなくなったし、申し訳なさでいっぱいだった。


 俺は特段朝は弱くない筈だけど、慣れない徒歩での旅は想像以上に俺の体力を奪っているらしい。毎晩気絶するように寝てしまい、朝はなかなか起きられなくて半覚醒で微睡んでいる時間が増えた。


 そんな時、ふと視線を感じて重い瞼を開けると、男前すぎるレオの顔が微笑みをたたえながら俺を見ていたりするんだよ。


「おはようございます」なんて寝起きのちょっと掠れた声で言われた日には、男でも惚れちゃうだろってくらい格好よすぎて黄色い悲鳴が出そうになる。


 とはいっても、毎晩ひとつ布団の中で抱き締められながら寝ている異常な距離感とはいえ、俺たちはあくまで男同士。それに、これまで生きるのに必死すぎて恋愛なんてろくにしたこともなかったけど、俺の恋愛観は至ってノーマルな筈だ。


 つまり、俺がレオに抱き締められたり低い声で優しく話しかけられたりする度に鼓動が早くなるのは、単に格好よすぎる存在に対する憧れだと思う。男女関係なく、人間的に素敵な相手にはドキドキするもんだろ? 芸能人や歌手に会ったら大興奮しちゃうのと同じ原理だよな。


 レオは外見も最高だけど、その上底抜けに優しい。俺を全身全霊で守ってくれているし、俺が嫌がることは絶対にしない。レオのほうこそ聖人なんじゃないかってくらい、完璧で凄い人だ。


 それに比べ俺は、最初にレオの怪我を治した以外はなーんにも特筆すべき点もない、ただの足手まとい。


 レオが頑なに俺の傍を離れないようにしているのだって、俺の「もう大丈夫」って言葉が信用できないからに違いない。


 だから俺は、レオに「案外やるじゃないか」というところを見せていけば足手まとい感が薄れるんじゃないかと思ったんだ。

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