表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/10

1 片桐隼人、異世界に召喚される

ネトコン13向けに書いたBL長編となります。

BLが苦手な方は回れ右をお願い致します。


秘密多き生真面目イケメン騎士攻めx明るい勤労大学生受け

全29話。

 拝啓、天国の父さん母さん。お元気でしょうか。


 冴えない一般人が突然異世界召喚されて勇者になって魔王を倒したり、はたまた社畜がスローライフを送るつもりが現代の情報チートで成り上がっちゃって――なんていうラノベが流行って久しい今日この頃。


 現在貴方たちの可愛い息子、片桐隼人の身には、それよりも訳の分からん事態が起こっているようです。


 ◇


 居酒屋のバイト帰り。


 コンビニでインスタント焼きそばと缶ビールを一本買って「外暑いのやだなー」と思いながら涼しい店内から外に出た途端、中世ヨーロッパの貴族っぽい服装の男たちに取り囲まれた。――は? コスプレ?


「聖女様が御姿を現されたぞ!」

「なんという美しい黒髪だ!」

「瞳も黒いぞ! 神秘的だ!」


 どう見ても日本人には見えない彫りの深い顔のおっさんたちが、俺の顔を覗き込んで流暢な日本語でなんか言っている。近い。


「え、あ、あの」

「これで我がフィヤード王国の未来は安泰だ!」

「長年の苦労が報われる時がきたぞ!」


 どいつも人の話を聞く気があるとは思えない態度だ。気圧されていると、おっさんたちの肩に手を乗せ、割って入ってきた人物がいた。


「お前たち、落ち着け! 聖女様が驚かれておられるではないか!」


 肩の間から顔を覗かせたのは、赤茶の髪のまあそれなりにイケメンな部類に入るかも、くらいの若い男だ。動きが芝居がかっていて、ややうざい。ピシャッと言った途端におっさんたちが口をつぐんだところを見ると、どうやらこの人は他の人よりも偉い設定らしかった。どうでもいいけど。


 若い男は俺の前までやってくると片手を自分の胸に当て、もう片方の手を恭しく俺に差し出す。


「騒がしくて申し訳ございません、聖女様。私の名はアンリ・フィヤードと申します。この国フィヤード王国の王太子にございます」


 ……いつまで続くんだろう、このお芝居。一時期動画でよく見たよな。突然周りが踊り出してこっちが固まってる間にそいつらだけ楽しく盛り上がる、なんていったっけ。フラッ……そうだ、フラッシュモブ。周りの迷惑なんざ気にしないあの傍若無人さが、どうも好きになれなかった。それのお芝居バージョン? 俺だけ理解してないっていう点では一緒だよな。


「聖女様。是非貴女様のお声を聞かせていただけますでしょうか」


 揺らぐ炎を映して煌めく水色の瞳を見て、「ん?」と気付く。もしやこれは、炎の光……? 俺はコンビニを出たばかり。勿論コンビニの外には松明のような炎なんてないし、本来だったら店内から差し込む眩いLEDを反射しないといけない筈だ。


 ここでようやく、俺は違和感を覚えた。そんな馬鹿な――と背後に見える筈のコンビニの店内を振り返る。


「え」


 だけどそこに、ある筈のコンビニはなかった。レンガの壁の近くに立っている金髪碧眼長身のイケメンさんが俺を鋭い眼光で見ているだけだ。――うおっ、あの人、黒の騎士服が滅茶苦茶似合ってる! 腰に帯剣しているから、多分騎士役なんだろうな。やっばい、マジで格好いい!


 そこではたと我に返った。……いやいやいや、そうじゃない。コンビニはどこにいった?


 思考が麻痺した感覚に陥る。目の前で恭しく手を差し伸べたままの王子とか言ってる奴は、とりあえずスルーだ。


 改めて周囲を見回す。閉塞感を感じるレンガ造りの正方形に近いひと間の中心に立っている。壁には立派なんだかよく分からない絵や、タペストリーっていうんだっけ? なんか模様がついた布も飾られている。


 壁面にはところどころに松明が掲げられ、部屋を赤く照らし出していた。これのひとつが王子の瞳に反射していたらしい。


 え……っ。どういうこと……?


 言葉を失ったまま、王子に目線を戻した。


「聖女様? 突然の召喚で不安でございますよね。ですがご安心下さい! この私が聖女様の伴侶として一生貴女を護り――」

「……あの、ここどこ? 貴方たち誰ですか? 聖女ってまさか俺のことですか? 俺、男なんですけど」

「――は?」


 王子が疑わしい眼差しで俺を見る。でもまあ、ここのところ忙しくしていて髪の毛を切りに行けてなかった。肩につくくらいになっているから、ぱっと見女っぽく見えたのかもしれない。


 ひとつひとつ、指を差していく。


「ほらこれ、喉仏。それとほら、胸もないでしょ」


 喉仏とぺったんこのTシャツの上を触ってみせると、明らかに全員凍りつくのが分かった。


「ど、どういうことだ!? 凛々しい声だとは思ったが、まさかそんな……!」


 王子が言った途端、次々におっさんたちが騒ぎ始める。


「聖女様ではなかったのか!?」

「だが確かに召喚の儀は成功した筈だ! それに見た目は伝承の通りだぞ!」

「ならば、もしかしてこの男は巻き込まれただけの異世界の一般人か!?」


 するとその時、鋭い男の声が響く。


「――ここにもうひとりおります!」


 曇っていた王子の表情が、一瞬でパッと明るくなった。


「本当かフェネオン! 今度はちゃんと女か!?」

「は! 女性でございます! 暗がりに倒れていた為すぐに気付けませんでした!」


 フェネオンと呼ばれたのは、先程俺を鋭い目つきで見ていた黒髪の騎士だ。フェネオンさんが指差す先には、床にドレスの裾のように広がる黒髪が見事な、どこから見ても絶世の美女がペタンと座っている。あ、うん。あっちが聖女だよね。俺もそう思う!


 王子は先程とは全く温度の違う冷たい一瞥を俺にくれると、フンッと鼻息荒く美女のほうに駆け寄っていく。勿論周りのおっさん連中も同様だ。


「貴女が本物の聖女様でいらっしゃるか!」

「はいっ!」

「それは僥倖! 私はアンリ・フィヤードと申します。この国フィヤード王国の王太子にございます」

「王子様……っ!?」


 自称聖女は驚いた様子を見せつつも、俄然王子に興味が湧いたようだ。黒目がギラギラと輝き王子を見つめ始めた。おう……この聖女、かなり肉食系? 王子って聞いた途端、目つきが変わったぞ。


 王子は彼女のその様子を見て自分に惚れたと思ったのか、自信満々な態度で聖女に手を貸し立ち上がらせる。


「はい。貴女の永遠の恋人で近い未来の伴侶です」

「まあっ、嬉しいですわ!」


 艶やかな笑顔になった聖女を見て、彼女を取り囲む男が全員にやけた笑いを浮かべた。うわあ、露骨……。


 と、王子がフェネオンさんを冷たい横目で見る。


「――フェネオン」

「は!」


 フェネオンさんが姿勢を正して次の言葉を待っていると、王子は底意地の悪そうな笑顔になった。


「お前は確か、聖女様専属護衛騎士の選抜試験で合格したのだったな」

「仰る通りでございます」


 王子が聖女の腰を抱き寄せる。聖女は満更でもなさそうな様子で、王子に豊満な胸を押し当てた。うわあ、やっぱり肉食系……。


「私が騎士の称号を持っているのはお前も知っての通りだ」

「? ……はい」


 フェネオンさんは意味が分からないのか、困り顔だ。王子が偉そうにふんぞり返る。


「この通り、聖女様は私の求婚を受けて下さった。つまり聖女様を公私共にお護りするのに相応しいのはこの私ということだ」

「え……しかしそれでは――」


 フェネオンさんが反論しようとした瞬間、王子がクワッと目を剥き「黙れたかが騎士風情が!」と一喝した。


「前々から貴様の生意気な顔は気に食わなかったのだ!」


 顔……こいつ堂々と顔って言ったよ。すごい設定だな……。


 王子は馬鹿にした目で俺を見て、嘲笑する。


「――そこで私は考えた。ここに聖女召喚に巻き込まれた憐れな一般人がいる。この男の珍妙な格好と黒目黒髪を見る限り、異世界人であることは間違いない」


 突然注目を浴びる俺。うわっ、さっきまでのギラギラした目も嫌だったけど、軽蔑しきった今の目つきも嫌だなあ。


「異世界より呼び寄せた尊い存在は唯一であるべき。つまりこれはこの国には不要な存在だ。よってフェネオンに命ずる。――この異世界人を国外に連れ去れ! もし命令に従わないまま次に私の前にその姿を現したら、その時が貴様の死期と弁えよ!」

「殿下!? お待ち下さい!」


 王子の高らかな宣言に、フェネオンさんが動揺した様子で駆け寄っていった。ていうかさ、今俺のこと「これ」って言った? え、あり得ないんだけどこいつ。


「現在この国が周辺国と一触即発の状態にあるのはご存知な筈! こんな状態で国外に出よとなど、死ねと仰るのと同義でございます! 何故突然そのような仕打ちを私に!」

「黙れ! 二度と私にその顔を見せるな! そこの異世界人も同様だ!」


 王子はフェネオンさんの手をパン! と叩くと、聖女にべったり抱きついたまま颯爽と踵を返す。


「さあ聖女様、我々の愛の巣へとご案内致しましょう」

「はいっ!」


 聖女が王子の腕にひっつくと、王子の鼻の下がでろーんと伸びた。うわあ。


 おっさんたちが、唖然としているフェネオンさんを嘲笑する。


「残念だったなフェネオン」

「殿下は自分より見目のいい男は嫌悪しているからな」

「まあそれは我々も一緒だがな!」


 ワハハハ! と笑いながらおっさんたちも奥に消えていった。


 え……まさかのそんな理由……?


 王子の器の小ささに、開いた口が塞がらない。


 やがて唖然として後ろ姿を眺めていた俺とフェネオンさんが、どちらからともなく顔を見合わせる。


 フェネオンさんは驚き顔のまま何も言わないので、仕方なく俺から聞いてみることにした。


「あの……このお芝居、いつまで続くんですか?」


 フェネオンさんの青い目が、更に大きく見開かれた。

次話は後ほど投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
かっぱえびせん。。。!(訳:やめられないとまらない) ありがとうございますーーー!!!
新連載、ありがとうございます♡ 冒頭から思わぬ展開で、これからどうなっていかれるのか とっても楽しみです。 でも、隼人くんを「これ」呼ばわりとはですね(,,゜Д゜) お芝居だったらよかったのですがね…
スタートから面白いです❗❗❗ このお話が本でこの1話がサンプルにあったら買うなぁ。 ので、応援しつつ、楽しく読ませて頂きますっ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ