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お気楽公爵家の次男に転生したので、適当なことを言っていたら英雄扱いされてしまった。  作者: イコ


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英雄の片鱗

《sideエルトール領酒場の店主》


 帝国を襲うほどの大干ばつがあった年がありました。


 それに伴い大飢饉が訪れ、エルトール領もまた飢饉の影響により、食べ物も、飲み物も、高騰して、皆が満足がいく食事をとることができないでいました。


 我々が酒場をやっていても、連日満員で賑わっていたのが懐かしく思う頃に出せるものがなくて寂しく思っていました。


 そんな時です。あの方が訪れたのです。


「邪魔するよ」

「なんだい。坊ちゃん。ここは子供が来るところじゃないよ」

「あれ? 僕のこと知らない?」

「僕だと?」


 じっと身なりを見れば、高貴な身分の方だということはわかる。貴族が平民の暮らしに冷やかしに来ることはあるので、また冷やかしだと思ってイライラする。


 それでなくても平民は飢えているのに、貴族は普通に食事をとって、のうのうとした暮らしをしているのだ。


 理不尽じゃねぇか!


「うん。フライ・エルトールだよ」

「フライ・エルトール? なっ?! まさか、エルトール領の次男!!!」


 なんで領主様の息子がこんな酒場に来てんだよ! 


 周りも驚いて帰ろうとしてんじゃねぇか! それでなくても、人が寄りつかないっていうのに、貴族が出入りしたという悪い噂が流れればこっちの商売は終わりだ。


「そっ、わかったなら、エールを持ってきてよ」

「ひっ! しかし、エールは現在、金貨一枚でして」


 ウソだ。ぼったくってやった。


 貴族なら、庶民に金ぐらい払え。


 本当はエールなんて、銅貨五枚もあれば釣りを出す。


「へぇ〜安いね。はい」

「へっ?!」


 なんだと! 本当に金貨を出した? あまりにも世間知らずすぎじゃないか?


 俺は貴族に嘘をついた。


 いくら飢饉だと言ってもエール一杯に金貨一枚は盛りすぎだった。


 精々が樽で金貨一枚ならまだ許されるか? 俺は冷や汗を流しながら、樽を持ってきた。


「えっ? 確かにエールを持ってきてと言ったけど樽で持ってこられても。まぁ仕方ないね。ジョッキを貸して」

「はっ、はい!」


 なんとか誤魔化せたか?


 ガキだから相場がわかっていないのか? 


「うん。ヌルくてまずいね。温度変化を使えばいけるかな? うーん、まぁ実験だよね」


 一人でブツブツと何かを発すると魔法を使い出した。しかも、その魔力は見たこともないほど膨大で、生まれながらに持っている素質を見せつけられたような気がした。


 そして、俺は逆らってはいけない人に逆らってしまったのだ。


 だが、結果は……信じられるか? あのヌルくて不味くて、飲めたもんじゃないと言われたエールがキンキンに冷えてメチャクチャうめぇじゃねぇか?!


 水も制限されて、久しぶりに飲める冷えた飲み物。


 それがあの不味かったエールだそ! 俺は感動して涙が流れちまったよ。


「ねぇ、もうこれはいらないから、適当にみんなで飲んでよ」

「へっ?!」


 さらに、俺は驚いた。ありえるか? 貴族は自分たちの利益ばかりで、俺たちのことなんて考えてもいないと思っていたんだ。


 それなのにフライ・エルトール様は、ふらりとやってきて、金貨一枚でエールの樽をキンキンに冷やして後はみんなで飲めという。


 しかも、その日から数日、俺の店だけじゃない。


 他の店でも同じことをして回って、カラカラに乾いた喉にキンキンに冷えたエールを無償で提供するように回ったんだぜ。


 そんな貴族の坊ちゃんがいるかよ。いねぇよな! 俺は聞いたこともねぇよ。


 いただいた金貨で、商人からクソ高い食料も買うことができて、領民は飢えを凌ぐことができた。


 しかも、それから一年が過ぎてもフライ様の施しは続いた。


 一度だけじゃねぇ。飢饉が終わり、干ばつが解消してもフライ様は、金貨を配っては、みんなで食べろと言い続ける。


 なんなんだよ。貴族ってのは自分のことにお金を使って、市民から税金を奪っていくもんだろ? そんなことされたら、大好きになっちまうじゃねぇかよ。


「あ〜僕ね。もうすぐしたら学園に行かなくちゃいけないんだ。学園を卒業するまで来れないと思うから」


 それは本当に残念だ。だけど、それは貴族の義務であり、持てる者の義務だ。


 それにフライ様なら、どこに行っても絶対に成功する。


「そうですか、それは残念ですね」

「うん。僕もここを気に入っていたんだけどね。そうだ。今日は金貨十枚渡すからさ、美味しい物を食べさせてよ」


 金貨十枚!!! この店を買ってもお釣りが来る金額ですよ!!!


「なっ、何をご所望ですか?」

「実はね。僕が仕留めた魔物がいるんだけど、それを調理してくれる?」

「えっ?!」


 驚かないと決めていたが、この方はどれだけ俺を驚かせれば気が済むんだ。


「これなんだけどね」


 そう言って出されたのは、巨大な火龍の尻尾だった。


「はっ? 今どこから?」

「うん? 僕は無属性しか使えないからね。無属性魔法で空間を作って、そこに物を収納しているんだよ」

「すみません。意味がわかりません」

「そう? まぁどうでもいいじゃん」


 どうでもよくはありません。ですが、フライ様がとんでもないお方であることは理解できました。


「それよりもこの火龍の奴が、水源に住み着いていたせいで、水が干上がって大変そうだったから、とりあえず立ち去ってもらうために、尻尾を切ったんだよね。本人からも謝罪を受けたから、逃してあげたんだけど、とりあえず、ドラゴンの尻尾って高級肉らしいから、一度食べてみたかったんだ。調理できる?」



 俺は今、何を聞かされているのだろう? 大干ばつの原因が、火龍の影響で。それを討伐したのが、フライ様で。


 そのフライ様が大干ばつを起こすような火龍の尻尾を調理して欲しい?


 俺はバカになったんだろうか?


「すみません。多分、私程度では上手く調理できません。帝国でも一、二を争うコックしか」

「そっか〜。まぁ空間魔法の中に入れていれば、腐らないからそのうち調理を頼もう」


 きっとこの方は将来凄いことをなさるのだろう。それまで全ては黙っておこう。


 いつかきっと誰かが聴きに来るはずだ。


 あの英雄の生まれと、その軌跡を辿る奇跡について……


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