アイリーンの報告
トアの酒場から帰ってきた僕は夜も遅かったので、静かに屋敷の中へ入った。
「チョコ、色々とありがとう。助かったよ」
「いえ、また美味しいお酒を一緒に飲みましょう」
チョコと別れて、自分の部屋にたどり着いたところ。アイリーンの姿があった。
「おかえりなさいませ。フライ様」
「ただいま、アイリーン。こんな夜遅くにどうしたの?」
暗くて彼女の表情は見えないが、ネグリジェ姿で少し肌寒そうな服装である。
そのはずなのに、彼女から感じる雰囲気は、寒さが感じられない。
「ご報告に参りました」
「そう、夜だけど、部屋に入る?」
「よろしいのですか?」
「僕には婚約者もいないからね。アイリーンに変な噂に流れるかもしれないけど」
「何も問題ありません」
彼女の言葉に従って、僕はアイリーンを夜中の自室へ招き入れた。
屋敷全体が静かなために、部屋全体を明るくするのも他の者たちを刺激してしまうので、僕は蝋燭に火を灯すだけでソファーへ座る。
何故か、アイリーンは向かいではなく、僕の隣に座ってきた。
しかも、顔が近い。
「それではご報告させていただきます」
「うん、ちょっと近いかな? 僕、お酒を飲んでるから臭いでしょ」
「全然大丈夫です。私も先ほど帰ってきて、お風呂をいただいたばかりです。少し汗ばんでおりまして、申し訳ありません」
「いや、凄く良い匂いがするよ」
「ふふ、ありがとうございます」
近くで見るからわかるが、どこか恍惚とした表情をしているアイリーンは、いつもの優しくて控えめな雰囲気とは違って見えた。
「それでどうしたのかな?」
「はい。そうでした。トアさんの件をご報告させていただきます」
「ああ、よろしく頼むよ。だけど、今日の午前中に話したことなのに随分と早いね」
「もちろんです。私が、フライ様から頼まれたことを正しく行えていませんでした。それは由々しき事態でしたので、すぐに動かせていただきました」
少し熱を帯びた瞳で、赤みの増した頬はとても力強い。
何よりもお風呂上がりで、ネグリジェ姿のアイリーンはどこか妖艶で、いつもとは違う雰囲気をしている。
蝋燭の明かりだけなので、余計にその怪しい雰囲気が伝わってくるようだった。
「まずは、トアさんの支援をしていた男爵ですが、我がユーハイムから支援をさせていただいたことをどこで勘違いされたのか、トアさんに使うのではなく己の私利私欲のために使っておりました」
あまりにもアッサリと事実がわかったことに拍子抜けしてしまう。
「随分とアッサリわかったんだね」
「ふふ、ふふふふふふふふ」
「えっ?」
「少々、手荒なことをさせていただきました」
「どういうことかな?」
突然笑い出したアイリーン。明らかにいつもとは雰囲気が違う。
「そうですわね。私も自分で驚いております。まずは、トアさんを囲っていたのは、醜く声太った男爵でした。最初は私がユーハイム家の令嬢であるからと、丁寧な口調で話しておりました。ですが、お金の話やトアさんの話になると、次第に私を小娘と侮りまして」
アイリーンは瞳をトロンとさせて、その時のことを思い出すように話してくれた。
「うるさい! 小娘が! たとえ伯爵様の娘であっても、爵位を持つ私の方が帝国では地位は上なのだ。あなたのことを害することはないが、あまりにもしつこいと、正式に抗議をさせてもらうぞ! 私は男爵である。あなたの話を聞く必要はない。帰られよ」
そういわれた瞬間に、アイリーンの中で何かが切れた。
「そうですか、あなたはユーハイムの名に泥を塗り、私がフライ様に申しつかった用事を邪魔するというのですね」
「はっ? フライ様?」
「いいでしょう。ならば、私も手段を選べなくなってしまいました」
それは魔力の暴走に近いのかもしれない。
魔力欠乏症を患ったアイリーンは、常に魔力を枯渇させた状態で、生命力も使って魔力を消費していたことで、人よりも魔力量が圧倒的に多い。
それを暴走させるということは、普通の人を魔力というエネルギーで押しつぶすことになる。
魔力によって押しつぶされたヒキガエルのような見た目をした男爵は、地面に倒れて這いつくばった。
「ねぇ、全てを教えてくださりますわよね。男爵様?」
「こっ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」
「そうですわね。明るみに出れば問題になるかもしれません。ですから、権力には権力で対抗させていただきます。あなたが男爵という権力を振りかざして話も聞いてくださらないなら、私も伯爵家の権力を使って、あなたを潰します」
「ひっ!?」
そのヒキガエルを潰したような男爵は、そのまま洗いざらい全てを話してくれた。
そして、トアの支援は名ばかりで、今後一切彼女に対して不当な要求をしないという書面までもらってきていた。
うん、アイリーンって思ったよりも怖い人なんだね。
「私は知りました。強者として、他者を虐げることの快感を! そして、逆にフライ様という強者に虐げられる私を想像すると、すぐにご報告をして褒められたいと思ったのです」
「えっ?」
「あの、フライ様。どうか私を褒めてくださいませんか? そして、もっと私を叱ってくださいませ!」
褒めて、叱る? ちょっと何言っているのかわからないです。
「えっと、褒めて叱ればいいんだよね?」
「はい!」
一応は仕事をしてくれたことを褒めればいいんだよな?
「アイリーン、よくやってくれた。これでトアも救われるだろう」
「はい! ありがとうございます」
「だけど、最初から、君がちゃんと仕事をしていればこんな手間はなかったんじゃないのか?」
「ハウっ! 申し訳ありません! どうか、私のお尻をぶってください!」
「えっ?」
「どうか? 悪い私を罰してください!」
仕方なく、僕はアイリーンを膝の上に乗せて、お尻を叩いた。
叩くたびにアイリーンから「あっ」「うっ!」「んん」ともどかしい声が漏れたが、これで本当に合っているのだろうか?
「今後はしっかりと仕事をしてくれ」
「かしこまりました。また、褒めたり、叱ったり、してくれますか?」
「えっと、うん。機会があれば」
「二人だけの約束です!」
満足したのか、アイリーンは立ち上がって一礼する。
「この度は私の失態でお手間をおかけして申し訳ございます。ですが、今後はこのようなことがないように致します。それと明日からトアさんがこちらの屋敷で寝泊まりをすることになりますので、よろしくお願いします」
「えっ?!」
「それでは失礼します。おやすみなさい。フライ様」
アイリーンは早々に話を切り上げて立ち去っていってしまった。
女性の逞しさを知る一日だった。




