婚活公女は理想の男性に出会いたい 後半
《sideセシリア・ローズ・アーリントン》
あれからほぼ毎日のようにエドガー・ヴァンデルガストは、事あるごとに私に話しかけてくるようになりました。
最初はお茶会での会話程度でしたが、次第に彼は学園内のあらゆる場所で私を探し出し、無理やり話をするようになったのです。
廊下を歩いていれば突然隣に現れ、食堂で友人たちと昼食を取っていれば、空気も読まずに割り込んできます。
「セシリア嬢、こちらを見てください。昨日仕入れたばかりの珍しい花です。セシリア様にきっと似合うと思いまして」
そう言って差し出されたのは、確かに美しい青い花。しかし、その花を受け取るたびに感じるのは喜びではなく、重い負担感であり、どこから取って来られたのでしょうか?
「お気持ちはありがたく受け取りますわ。ですが、どうか無理はなさらないでくださいね」
そう丁寧に断っても、彼は笑顔で応じながら、次の日も別の贈り物を持って現れるのです。最初は友人たちも笑って受け流していましたが、次第に彼の行動に眉をひそめるようになりました。
どうして、こうも一方的なのかしら……。
私は毎回毎回、丁寧に断ろうと努めました。それでも彼のしつこさは増すばかりで、周囲の視線が冷たく感じることすらありました。
こんなことを繰り返されたら、私の品位まで疑われてしまいますわ。公国のために良い縁を結ぶどころか、周囲の信用を失ってしまいます。
時折、エドガーが無理に近づいてくる場面を目撃した他の学生たちが、噂話をしているのが耳に入ります。
「あれ、セシリア様って、ヴァンデルガスト様と何かあるのかな?」
「いや、セシリア様がそんな人だとは思えないけど……。あのヴァンデルガストのやつが勝手に盛り上がってるだけじゃない?」
胸の奥に、焦りと苛立ちが渦巻いています。
私はただ、公国の未来を支えるために学び、相応しい人と出会いたいだけ。それなのに、こんな形で注目を集めるのは本意ではありません。
私はそろそろ決着をつけるために、エドガーがまた贈り物を持って現れるのを見計らい、自分から声をかけました。
「ヴァンデルガスト様、少しお話がございます」
「どうぞ私のことはエドガーとお呼びください」
彼は嬉しそうな顔をしながら近づいてきます。その態度が、ますます私の決意を固めました。
「ヴァンデルガスト様、これまでのお気持ちには感謝しております。しかし…これ以上のお付き合いはお断りさせていただきます。どうかご理解ください」
ヴァンデルガストの表情が一瞬曇り、次に驚きへと変わりました。
「なぜですか? セシリア様、私はただ、あなたの力になりたいだけなのに…!?」
「そのお気持ちはありがたいですわ。ただ、私には私の考えがあります。どうかこれ以上、無理に近づくことはご遠慮いただけますか」
その言葉に、彼の表情が硬くなり、しばらく沈黙が続きました。やがて彼は口元に冷たい笑みを浮かべて言いました。
「なるほど。セシリア様、あなたも案外バカな女なのですね」
「なっ?!」
「いいでしょう。あなたの言い分を私が聞く必要ありません」
ヴァンデルガストは私の言葉など聞こえなかったかのように、そのまま立ち去っていきましたが、その背中には今まで感じたことのない気味悪さを感じます。
(これで良かったのかしら…?)
私は胸の中の不安を抱えながら、しばらくその場を動けずにいました。
案の定、エドガー・ヴァンデルガストは私の言い分など聞く耳持たずで、遠慮なく私が友人と話していようが、お茶会をしていようが邪魔をしてきます。
今度はプレゼントなど持たず、ただ、やってきて一方的に口説いて時間がきたら立ち去っていくのです。
そんなある日でした。
ずっと参加を促していた帝国貴族のエリザベート・ユーハイム伯爵令嬢が、お茶会にやってきてくれたのです。同じ帝国貴族と言っても、彼女は気品に溢れ、貴族らしい素晴らしい貴族だと尊敬していました。
私としては大歓迎です。そして、彼女が連れてきた人物は意外な方でした。
「お初にお目にかかります。フライ・エルトールと申します」
どこかぼんやりとした顔をした男性は帝国公爵家のフライ・エルトール様でした。公国は情報が命でありながらも、正体の掴めない人物。とても興味深い方であり、お話をしてみたいと思っておりました。
しかし、こんな時にもあの男はやってきました。
「失礼する。セシリア嬢」
いつも通り私のテーブルの前にやってきて、勝手に話しかけてくる。
しかし、その日は事情が違っていました。私はフライ・エルトール様、エリザベート・ユーハイム様のお相手をするためにハッキリとお断りを入れるつもりでした。
しかし、あろうことかエリザベート様に失礼な物言いをしたあげく、フライ・エルトール様のことをご存知なかったのです。
ですが、ぼんやりとしたフライ様は温厚そうで、何も起きないと私は思っておりました。
「セシリア嬢、申し訳ない」
「えっ?」
フライ様が、一度私をみて謝罪を口にしました。何を言われたのか理解する前に、目の前で信じられないことが起きたのです。
「頭が高い!」
フライ様は、その温厚そうな見た目とは裏腹に、ヴァンデルガストの頭を地面に叩きつけて、頭を踏みつけました。
(なんと気持ちいい! はっ!?)
私は自分の本音を隠すように、事の成り行きを見守ることしかできません。
「エリザベート・ユーハイム伯爵令嬢の騎士として、公女であるセシリア・ローズ・アーリントン様のお茶会に参加させてもらったのだ。まだ何か文句があるのか?」
「もっ、申し訳ございません」
あぁ、なんて羨ましいのでしょうか……エリザベート様。フライ・エルトール様、エリック・エルトール様という二人の男性たちに守られておられるのですね。
エドガー・ヴァンデルガストが何もできずに謝罪する光景が見れるなんて、胸がスッとする思いでした。
「しっ、失礼します!?」
あのエドガー・ヴァンデルガストに対して、ハッキリとした物言いで言い返せる男性。そして、エリザベート様のためにお怒りになり、彼女を守る騎士だと宣言したこと。
そして、エドガーを撃退した後で鎮まるお茶会の面々に向かって、彼は頭を下げました。
「帝国の者が失礼をしました。どうか、あのような者ばかりではないとご理解くだされば幸いです。場の空気を損なわせて申し訳ない。セシリア様」
ここまでの素晴らしい紳士な振る舞いを見せられて、この方以上の殿方に私は出会えるのでしょうか?
「エリザベート、我々は失礼しようか?」
「そうですわね! フライ様、ありがとうざいます」
すべての責任を感じて、立ち去っていかれようとするフライ様を私は呼び止めていました。
「フライ・エルトール様!」
「はい?」
「ぜひ、私とも友人になってくださいませ!」
「このような野蛮な私でもよろしいのでしょうか?」
あなたほどの紳士な方を私は知りません!
「もちろんです! お付き合いする人物は、私にも選ぶ権利がありますので」
「それでは喜んで、ですが皆さんの手前、今日は失礼します」
「ええ、またいらしてくださいね」
本当に、またいらしてほしい。




