道楽次男は気楽でいいね。
さて、十年が経って十五歳になった今では、すっかりやる気のない道楽息子として世間様から認知されている。
次男など、長男の代替品であり、気楽に生きる以外に道はない。
全てはエルトール家の長男である、兄上のエリック・エルトール次第というわけだ。
平凡な僕とは違って、兄は魔法の才能があり、魔塔からスカウトがくる逸材なのだ。
「兄上、兄上のような優秀な方に対して、悔しいなどと思うはずがないではないですか」
悔しくないのかと聞かれてもまったく悔しくない。転生して、人生をやりなさせてもらっているだけでも丸儲けだ。しかも、魔法が使えて、若さを手に入れて、お金持ちの家に生まれた。
もう、これだけで人生勝ち組であり、あとはどうやって楽しむのか考えるだけだ。
「むむむ、フライ。お前は自分をわかっていないぞ!」
「何をいうのですか? 兄上は魔力量が普通の魔導士たちの十倍ですよ。それだけで十分なのに、全属性まで使えるではありませんか?」
魔法には、火、水、風、土の四大元素を主にした四属性。さらに、応用属性として、雷、氷、光、闇など八属性を加えて基本属性と呼ぶ。
兄上は、この基本属性が全て使える。全属性使いって、普通にチートキャラだ。
さすがは将来の帝国を支える公爵様だ。こんな名前も登場しないモブなフライ君とは大違いです。
「いや、それはお前が!」
「うん? 兄上は凄いです。僕は基本属性がどれも使えません」
そうなのだ。兄上は、八属性全てが使える。
それに対して、僕は無属性魔法しか使えない。
「くっ! もういい、フライ。お前はもっとやる気を示せ! そして、もっと人前に出て自分の力を示せ!」
兄上は昔から、何故か僕を押し上げようとしてくる。
僕は自分の力を諦めたというのに、弟想いの良い兄です。
「どうでもいいですよ。結局はこの家は兄上が継ぐのです。僕は結婚もできません。死ぬまで飼い殺しなんですから」
貴族家の、次男とは虚しい生き物なのだ。
長男の代替品であるが故に、自由に結婚もできない。もしも、僕が結婚して子供が産まれてしまえば、跡目争いに発展する恐れがあるということで、結婚も許されない。
「ぐっ! だから、それを認めさせる意味でも、人前に出ろと!」
「いやいや、どうでもいいですって。公爵家の次男というだけで、かなりの額のお小遣いはもらえます。それに来年からは学園に行って、勉強もしますから」
建前はいつの世も大切なのだ。学園に入学することは、帝国貴族の掟であり、次男であっても入学が必要になる。
十五歳までは家で雇った家庭教師に習い、十六歳からは貴族も平民も分け隔てなく通う帝国の学園に入学させられる。
その学園にて、大陸全土を巻き込む大事件が起きるわけだが、モブである僕には関係ない。
「そっ、そうか! 学園があったな。私はお前が通う年には卒業してしまうが、お前のことは教師たちに伝えておこう」
「え〜、面倒なのでそんなことしないでください」
本当にブラコン兄だ。弟のためになんでもしようとするのはやめてほしい。
イケメンの兄ではあるが、家族以上の感情は持っていない。むしろ、転生した記憶があるので、年齢的には随分と年下な可愛い少年なので、頑張ってくれと応援するだけだ。
「とりあえず学園にはちゃんと行くんだぞ」
モブである僕にまで気を使う兄は、素敵な人ではある。
だが、多くを求められても困る。
この世界では十五歳で成人扱いになるので、酒を飲むことが許される。
魔法もダメ、剣術もダメ、戦術戦略もダメ。
唯一の勉強は、転生前の実績と赤ちゃんの頃から転生したおかげで言葉や計算ができるだけ。まぁ年齢を重ねていけば、優秀な子には抜かれるので、そこそこが一番いい。
「兄上も立ち去ったので、酒でも飲みに行こう」
現在の僕の趣味は、飲み歩きだ。
友人と呼べるものたちはいないが、公爵家の領内は僕が飲み歩いていても、気にすることなく町民たちが声をかけてくれるので、本当に良い街だと思う。
「フライ様! 今日もきたんですか?」
「うん。今日も上等な酒を頼むよ。それにみんなにも一杯奢ってやってくれ。お金は父上からもらっているからね」
ガリガリに痩せた店主は、あまり稼げていないようだから、ここ最近は二日に一度は来ている。
「ひっ?! 金貨って、一杯どころか、一ヶ月は飲めますよ!」
店主が何やら言っているが、僕としてはもらったお小遣いの一部なので、どうでもいい。
こういうのは誰かに奢っていい気になってみたかったのだ。
何よりも、この店で一番良いワインを提供されるので、それも気分がいい。
「どうぞ」
「ありがとう」
うん。飲みやすくて美味しいね。本当はエールが好きなんだけど、この世界のエールは品質があまり良くない。
それに冷えていないのも問題なんだよね。
「エールはある?」
「またあれをやるんですか?」
「うん。ダメかな?」
「いえ、好きにしてください。お代は十分なほど、いただいていますから。それに……」
「それに?」
「なんでもありません」
店主は、エールが入った樽を持ってきてくれる。
僕は無属性魔法しか使えません。
さて、無属性魔法とはどんな魔法でなのか? 答えは簡単。属性を持たない魔法ってことだ。
兄上が八属性全ての魔法を使えるのに対して。僕はどれも使えない。
魔力はエネルギーの塊のような物で、属性魔法はエネルギーを他の物質へ変換することができる。
逆に無属性魔法は、魔力をエネルギーのままとしか使えない。つまり、エネルギーをどの形に変化させるかによって、無属性の魔法も変化するってことです。
むしろ、無属性の方が僕のイメージ通りに変化してくれるので、扱いやすい。
なので、魔法として便利に使えれば、どうでもいいけどね。
「温度よ、下がれ」
火属性魔法、氷属性魔法も使えない僕としては魔力というエネルギーに直接命令して、温度を変化させて調整すればいいと考えた。
エールが一番美味しい温度は6〜8度ぐらいだと僕は思っている。他の温度を好きな人には悪いけど、僕の好きな温度だから文句は受け付けない。
その温度に調整するのは難しかったけど、最近では丁度良い温度を見極められるようになった。
「うん。これでいいかな? マスタージョッキを頂戴」
「はい! フライ様」
「うん! 美味い」
僕は一杯だけ飲むと、残りをマスターに返す。
「これを販売しても?」
「いいよ。僕は最初の一杯だけが良いからね」
「ありがとうございます!」
店主が嬉しそうにキンキンに冷えたエールの樽を持ち上げる。
「フライ様がエールを冷やしてくださったぞ。限定五十名だ。しかも、料金はフライ様持ちだぞ! 食事を注文してくれた者に早い者勝ちだ!」
店主の声に反応したように、店の外にいたもの達まで店内に入ってきて、凄い賑わいになった。
やっぱりみんなキンキンに冷えたエールの方が好きなんだね。
「「「ありがとうござます! ありがとうございます!」」」
何人か頭を下げていく大人達がいたけど、僕としてはキンキンに冷えたエールと、美味しいご飯が食べられればそれでいい。
何よりも領地に住んでいるってことは、エルドール公爵家の住民ってことでしょ? それって僕の家族みたいものだしね。
「みんなは僕にとって家族だからね。気にしなくていいよ。たくさん飲んで、明日も仕事を頑張ろう!」
みんなを鼓舞するように声をかける。
「誰でも大歓迎だよ。ウェルカムウェルカム!」
僕はコミュ障ではないので、フランクに誰とでも話をする。
転生前は会社と家の往復ばかりで、こうやって人との交流は少なかった。
だから、今世では誰とでも友人になりたい。それにお金を気にして、好きなこともできなかったから、今は働かなくても公爵家は好きにお金を使える。
使ったお金で、みんなからお礼を言われる。これほどの優越感を満たすことはないね。
きっと僕は、戦乱に入る前に殺されるか、戦乱で役に立つ前に死んでしまう運命のモブだ。なら、今を楽しく好きに生きても問題ないはずだ。
「「「ありがたや、ありがたや!」」」
「あはははは! みんな大袈裟だよ。たくさん食べて、飲んでくれ! 店主、もう一枚金貨を渡しておくよ。好きに食べさせてあげて! 食料が足りないなら、買い足してあげてね」
「はっ! はい! ありがとうございます!」
楽しく飲み食いをして、店を出た。
連日とは行かないが、自由に遊び歩く生活は悪くない。
来年には学校に行ってこんなことが出来なくなるのだから今のうちに楽しまないと……。




