どこでもお気楽に
さて、物語の主人公たちに出会ってしまった。
つまりは、小説が開始されたわけだ。
自分の立ち位置をハッキリとさせておかないといけないな。
メインのストーリーは、彼らが学園を卒業した後の戦乱にこそある。
始まりは、ブライド皇子が帝国を簒奪するところから始まる。
ブライドは、皇太子である兄を殺して、皇帝を引きずり下ろし、帝国に最も望ましい形で皇帝に座った。
ただの狂人というだけでなく、知恵も、戦略も、武勇も、野心も、全てを持ち合わせていた。
ブライドは、そのカリスマ性をもって貴族の半数を味方につけた。
その上で能力の高さを示し、さらに王国の一部を奪い取ることで、貴族たちに新たな土地を与えて、報酬の確保も同時に行う。
さらに、貴族の子息を次々に取り立てて新たな役職に就けた。
それは反発した者たちを殺して、空いた席に座らせただけではあったが、帝国は大きな変革に成功する。
だが、これに反発したのが、王国の王子アイスだ。
彼は兼ねてより、ブライドと反発を繰り返していた。
そこに王国の土地を略奪されたことで、反帝国同盟を立ち上げて、王国を代表とした組織を作り上げていく。
これにより、帝国と王国、いや反帝国同盟が出来上がり、その戦果は次第に大陸全土に広がっていくのだ。
「こういう戦記物は、読んでいるときには面白いけど、実際に目の前に差し迫ると、恐ろしく感じるものだよね」
傍観者でいたいと思うが、自分だけは生き残りたい。
そんな風に思うが、フライ・エルトールというキャラが登場していない以上は、戦乱が始まる前に死んでしまう恐れがある。
つまり、この学園内で死ぬ可能性が高いということだ。
「ふぅ、学園の描写は小説の中でも少ないんだよね。それぞれの記憶の断片に、学園というワードが出てきて、あの時の確執が! 的な感じなんだよ」
屋敷に戻ってから、物語を思い出しながら書き記していく。
この世界に転生して十五年ほど経ったせいで、随分と朧げになってしまった。
「大筋は覚えているが、思い出せることはないかな?」
ひとまず思い出せることは書き記した。何よりも、僕が死ぬ前に読んでいた時は途中までだったので、全てを理解することは無理だね。
だから、途中で諦めた。
「さて、学園生活がどうなるのかな? 不安ではあるよね、異世界の学校に通えるというだけで、ちょっとワクワクしている。それに小説の中に登場した人物たちが実際に生きている世界。死ぬ前に思っていた憧れが実現してしまった。悪役であれ、英雄であれ、登場人物と過ごせる時間を大切にしたいね」
ただ、この話でもう一つ重要なファクターを、僕は忘れるわけにはいかない。
「十三の聖痕。さて、誰が所持しているのだろうね」
剣と魔法のファンタジー世界でありながらも、どうしても主人公になる者達に共通して、持ち合わせる彼らだけの武器が存在する。
ブライド・スレイヤー・ハーケンスが皇帝になれた理由。
それは何もカリスマ性だけではない。
魔法を凌駕することができる唯一の力。
聖痕を持っていたからだ。
魔法やスキルを凌駕する。事象を書き換える力。
「フライ様? そろそろ夕食を取りませんか?」
「うん。わかったよ」
エリザベートが呼びに来てくれたので、僕は思考を止めた。
なぜ、エリザベートが呼びに来るんだと思ってしまうが、それは彼女がエリック兄上の婚約者であり、将来的に家族になるなら同じ屋敷に住めばいいと、父上からのお達しだ。
僕が間違いを犯して、彼女達二人に手を出さないとは思わないのだろうか? まぁ転生者として、そこは理性を持っているが、あまりにも無防備すぎるユーハイム伯爵姉妹を、誰か叱ってほしい。
「どうかされましたか?」
「いや、二人とも普段着でも綺麗だね」
「ふふ、そうですか?」
「エリザベートちゃん。よかったね」
「姉様、余計なことは言わないでくださいませ」
姉妹仲が良いのもいいね。美人姉妹が、薄着で一緒に食事をとってくれるだけで、まぁ僕としては幸せな空間であることは間違いない。
「ねぇ、明日が初日だけど、僕はちょっと用事があるから学校を休むよ。すまないね。僕の分の教科書とか、もらってきてもらっていいかな?」
「どこに行かれるのですか?」
「うん。ちょっと、初日だからこそできることがあってね。すまないけど、お願いできるかな?」
「かしこまりました」
理由を問いただされると思ったけど、エリザベートは何も聞かないで承知してくれた。意外で驚いた顔をしていると、アイリーンさんが説明してくれた。
「フライ様のなさることを、我々は信じております。もしも、フライ様が大罪人になろうと、我々はフライ様の味方でございます」
「アイリーンさん」
「姉様、カッコよく言い過ぎです。我々、ユーハイム姉妹は、フライ様に身も命も捧げているだけですわ」
敵わないな。二人はとても強い女性で、ここまで信じられて裏切れないよね。
だから、彼女達を守れる程度の力は有していようと思う。
たとえ、この学園生活で僕が死ぬことになったとしても、彼女達を守ってエリック兄様に褒めてもらうようにしておきたいからね。
「ありがとう、二人とも。なら明日はよろしくね」
「「はい!!」」
いつも通りに返事をしてくれる二人はとても従順で、可愛いね。
♢
学園入学初日。
「ハァ〜! やっと解放された〜」
家でも、学園でも美人姉妹に付き纏われて、正直しんどかった。
だけど、僕だって自由がほしい。
そのためならば、学園をサボることなんて気にしない。
だって、私は道楽息子だからね。
「さぁせっかく領地から出て違う街に来たんだ。学園都市の散策でもしようかな」
二人を騙したことになるけど、それなりの理由をつけないと離れられなくて、困っていたんだ。
学園都市といっても、そこで働く人たちは食事もすれば、酒も飲む。だから、学生が酒を飲んでも問題はない。
もちろん、事件などを起こせば、問題だが、酔いつぶれて粗相をすることはないだろ。
「食い逃げだ!」
学園都市でも、こんなことが起きるんだな。
「はは、いい暇つぶしだな、身体強化」
無属性はエネルギーそのものだ。それを纏って体を強化することで、強制的に筋肉の強化する。
「よっと」
「なっ?!」
食い逃げ犯の前に回り込んで、顔を見ると、どうやら可愛い女の子でした。しかも獣人族ですね。
「食い逃げは犯罪だぞ」
「知らないよ! ボクはお金がないんだ!」
「そうか、なら私が払うから謝りに行こう」
「なっ?! バカなのか?」
「君が食事を食い逃げしたことで店主は一食分の損をする」
「一食ぐらい!」
戸惑いながら逃げようとジリジリと後ずさる。
「その一食が何人もいたらどうする? 君以外に何人も食い逃げをして、あの店主が追いかけている間に他の者達も食い逃げをしたら? いつか店主は店を閉じなければならない。だけど、ちゃんと君がお金を払って、入れば潰れない店が君の行動で潰れてしまう。君はあの店を潰したいの?」
じっと私の言葉を考える少女は、黙って足を止めて首を横に振った。
「君がお腹を空かせたなら、助けよう。だけど、店主に謝ってお金も払おう。僕は道楽でお金を配っているのが趣味みたいなもんでね」
「バカなんじゃねぇか?! ……だけど、戻る。本当に払ってくれるのか?」
「ああ」
僕は、その子を連れて店主の元に戻った。そして、店主に金貨を握らせる。
「なっ!」
「うちの者がすまなかった」
「いえ! そんな学園生のあなたは、帝国貴族の方ですよね? あなたは関係ないでしょ? 明らかに彼女は獣人だ」
「帝国領内で、起きた事件です。迷惑をかけてすまない。彼女のことは許してやって欲しい」
「ハァ〜かしこまりました。こっちとしてはお金さえもらえれば」
店主が許してくれたので、僕は獣人の少女に笑いかけました。
彼女は無言で頭を下げていました。
「それじゃ」
僕は彼女と別れて、飲み屋に向かいます。
「待って、名前……教えて」
「うん? そうだね。フライ・エルトールだ。お腹が空いたなら僕の名前出して食事をしなさい。僕にツケて食事をすればいい。それじゃあね」
今度こそ、獣人の女の子を置き去りにして飲みにいきました。




