水と油
入学式が終われば、学園都市に用意されたエルドール家の屋敷に向かう。
他国や、平民出身だと寮が用意されているわけだけど、帝国出身である僕は実家がお金持ちということもあり、実家よりは少しだけ小さくなった屋敷が与えられている。
ビバッ! 貴族の息子! お金持ち最高だね。
エリック兄上も住んでいた屋敷なので、従者たちも慣れたものだ。
「ブライド・スレイヤー・ハーケンス! 先ほどの発言はどういう意味だ!」
入学式が行われた講堂を出ると、学園の校庭で大声を張り上げている人がいた。
「銀色の髪は珍しいですわね」
「ええ、あれは王国の王族を表す象徴ね」
歩く時には、僕の腕を抱きしめるのは、もうデフォルトなんだね。
視線の先には王国の王子様が、ブライド皇子にくってかかっていた。
小説で運命付けられた二人は、水と油のような反発力を発揮している。
銀色の髪に銀目の一族、その見た目はクールに見えて中身は熱く。ブライド皇子の傲慢な帝国主義に反目してしまう。
「アイス・ディフェ・ミンティ。何か文句でもあるのか?」
「ある! この学園は中立都市なのだ。帝国が一番のようにいうのはやめてもらおう」
「ふん、実際に帝国が一番なのだ、問題はあるまい? それにいずれ帝国は全てを手に入れる。この大陸を統一するのは帝国だ。王国も我の下に着くのであれば優遇してやるぞ」
「ふざけるな! 何をバカな! それぞれの国々や人種に分かれているのだ。誰も統一など望んでいない」
うん。お互いの主張だから、どちらが間違っているとは言わないけど、こんな公の場所で、皇子と王子が言い合いをしなくてもいいと思う。
それに彼らを止められるだけの身分って、同程度じゃないとダメなんだよ。
獣人王国の王子か。
精霊族の王女。
魚人族の王女様。
同年代に、王子や王女が多くない?
彼女たちが彼らを止めるとは思えないし、どうしたもんかな?
「誰かが望むのではない。我がそれを成し遂げる。それだけよ」
「君の考えは間違っている!」
「ならばどうする? 決闘でもして、我を殺すか?」
「そんなことはしない。この学園は、交流を持つための場だ。僕は絶対に君の心を変えてみせる! 失礼する」
見守っている間に、どうやら言い争いは終わってしまったようだ。
しかし、やはり歴史は動き出してしまうのだろうな。
この二人の良い争いこそが、未来の確執へと発展していく。
自らの力を信じ、大陸統一を目指す、狂王ブライド。
それに対抗する銀の英雄ことアイス。
この二人の邂逅は、悲劇の始まりなのだ。
「うん? 貴様、何を見ている」
あっ、ヤバい。じっと見続けてしまった。
仕方ない。向こうの方が帝国では位が上だからね。
「お初にお目にかかります。ブライド・スレイヤー・ハーケンス様。帝国公爵家フライ・エルドールにございます」
「むっ、なるほど。貴様が、公爵家の変人か」
「変人?」
僕は首を傾げてしまう。
僕はいたって平凡な人間だ。兄のような魔塔からスカウトされることもなく、飲み歩く道楽息子として、生きてきたのだからね。
「ふん、社交界にも出ない貴族の子息が、どのような男かと思っていたが、女二人を侍らせる。ハーレム野郎とはな。変人と聞いて、会ってみたいと思ったが期待ハズレであったようだ」
「そうですね。僕は至って平凡です。ブライド様に取り立ててもらうような者では無いですよ」
ニッコリと微笑み掛けて、おかえりを願うように言葉を返した。
不意にエリザベートが服の裾を掴んできたので、僕はエリザベートとアイリーンさんを守るように体で隠した。
どうやら、怖い顔をしたブライド君に怯えているようだからね。
「ほう、くくく。フライと言ったか? 覚えておくぞ」
「えっ?」
「それにしても、どちらの女も上玉であるな。魔力量も相当に多い」
ブライド君がエリザベートに手を伸ばそうとしました。
これは捨ててはおけないよね。
バシッ?! 僕は気づいたら、エリザベートに伸ばされたブライド君の手を払いのけていた。
「申し訳ない。彼女は兄の婚約者なのです。手を出さないでいただきたい」
うん。エリック兄上に代わって守らないといけないよね。
「ほう、くくく、そうかそうか。フライ、お前に問おう。我の下に着く気はないか?」
あら? 期待ハズレって言っていたのに、気が変わったのかな? ブライド君からいきなり勧誘を受けた。
僕のような平凡な人間に声をかけるなんて、意外に優しい一面を持っているんだね。
だけど、僕はモブとして物語に関わる気はないんだ。むしろ、傍観者として気楽にこの世界を楽しませてもらうぐらいが丁度いい。
「ないですね。僕は誰の下にもつきません」
「くくく、ますます面白いぞ! いつかお前を従わせてやる。ではな」
立ち去っていくブライド君は何やら楽しそうに笑っていた。
なんだったんだろうね。
「ハァ〜あれが狂人ブライドなのですね!」
「えっ?」
「ううう、怖かったです!」
エリザベートは溜息を吐いて、アイリーンさんは僕に抱きついてきた。
ブライド君を睨みつけて、女性たちは恐かったようだね。
「ほら、二人とも明日からの学園のために準備をしないとね。家に帰ろう」
「フライ様は平気なのですね。さすがです」
「やっぱりフライ様カッコいい」
「うん?」
何やら二人が言っているが、きっと怖かったんだろうな。




