入学式
《sideフライ・エルトール》
いよいよ学園に入学することになってしまった。
「フライ様、行きますよ」
「うん。おはよう、エリザベート。それに、アイリーンさんもおはよう」
「おはようございます。フライ様」
十歳の頃に、無属性の回復魔法を使って助けたアイリーンさんは、すっかり元気になったようだね。
少女から女性に変化する時期が、女の人には三度訪れるというが、二人の一度目の変化を目の前で見ている気分だ。
金髪縦巻きロールのエリザベートはどこからどう見ても、僕が物語を語り聞かせた強気の悪役令嬢そのものだ。
昔から、エリザベートは悪役令嬢の物語が好きだったからわかる。てか、まさかそっちに極振りをするなんて思わなかった。
アイリーンさんは、病気だったこともあり、儚げな印象だったけど、さすがは貴族のお嬢様という雰囲気だね。
「そろそろ行こうか?」
「「はい!!」」
馬車に乗り込むと、何故か僕を挟むように二人が座る。
しかも色々と成長した二人の胸元が開いたドレスで私の腕を抱きしめて乗っているのは何故でしょうか? 確かに昔からエリザベートは押しが強かったので、こんなものかと思えるが、アイリーンさんまで?
「どうかされましたか? フライ様」
「あっ、いや、アイリーンさんが元気になってよかったなって」
「ふふ、それもフライ様のおかげですわ。私は本来ならば今頃死んでおりました。ですが、フライ様に命を授けてくださったのです。ですから、この身も、命も全てはフライ様のものですわ」
いや、そんなことはないだろ。普通にアイリーンさんのものだと思う。
アイリーンさんは、エリザベートとは違って、金というよりも、くすんだ黄色い髪に少し赤が混じるような髪色をしている。
おっとりとした優しい笑みを浮かべる綺麗なお姉さんだ。
胸はどちらも十五歳、十六歳とは思えないほどに成長されておられる。最近は食事も十分に取れているようで何よりだ。
「そろそろ学園ですわよ」
「フライ様、姉様とばかり話してズルいです。わたくしとも、もっと話してくださいませ」
「えええ! エリザベートとはいつもたくさん話しているじゃないか?」
「足りませんわ!」
女性の扱いに慣れていないわけじゃないし、誰かと話すのは嫌いではない。
だが、こうやって二人同時に好意を寄せられることはなかったので、戸惑いの方が強い。
二人のことも大変なのだが、僕としてはもう一つ悩みがある。
それは、小説の舞台となる学園が近づいているからだ。
ここから僕が知っている。小説の世界が始まるんだ。
この世界には数名の主人公たちがいる。つまりは視点が与えられて、語られる英雄たちが存在する。
そんな彼らと僕は同年代という事実を、入学式で知ることになった。
「我が名は帝国第二皇子、ブライド・スレイヤー・ハーケンスである」
帝国の第二皇子にして、小説で最も悪辣な破滅の狂王と呼ばれることになるブライド・スレイヤー・ハーケンス。
その圧倒的な能力の高さにより、数年後には兄と父親を虐殺して、皇太子になり、世界を巻き込む戦乱を呼び込む張本人だ。
それが目の前で入学式の挨拶をしている。
「我は普通の奴には興味がない。魔法、剣術、戦術、算術、なんでもいい。自分こそは能力があると思う者は我の元に来るがいい。我は未来の帝国を牽引する者として貴殿らを取り立てよう。以上である」
それは学園入学の挨拶とは程遠い、帝国至上主義の言葉でした。
帝国の領内にあると言っても学園都市は一種の中立都市なのだ。
この大陸には、人族、蛮族、獣人族、精霊族、魔人族、魚人族、竜人族と呼ばれる七種族、三十以上の国々が存在する。
そして、学園都市には、人族、獣人族、精霊族、魚人族が通っていて、人族は帝国以外にも、王国や共和国などの国も入学していた。
狂王は、子供の頃から片鱗があるみたいで困りものだね。
「ブライド皇子は、大胆不敵ですわね」
「そうだね。他国の人たちが戸惑っているわ」
入学式でも、僕は帝国の公爵家の次男として、《《あの》》ブライド皇子の二番手扱い。これは困ったね。彼との付き合いを考えなければならない。
それに、もう一つ。この物語のヒーローと呼ぶべき少年と少女も、入学しているのを確認してしまった。
「ふふ、こんな時でもフライ様はご興味がなさそうですね」
エリザベートが私の顔を見て、興味がなさそうだと言われてしまう。
僕の顔は少しぼんやりとしているので、そう見えるだけなんだよ。
今は、考え事をしているだけなんだけど、エリザベート酷いよね。
「ですが、そのようにいつもと変わらないフライ様だから素敵です」
アイリーンさんもなんだか褒めてくれるけど、困っているだけなんだよ。
「主席入学のブライド君。ご挨拶ありがとう。それでは最後に私から挨拶をさせてもらう。当学園の学園長を務めさせてもらっている。ノルゾー・アズヤンバルである」
真っ白な髭に、ローブを纏った老人。
かつて、魔塔の主と呼ばれるほどに膨大な魔力と、魔法の研究に明け暮れていた老人は、いつしか学園長として、後進を育てることに尽力するようになり、今では名物学園長として君臨している。
ただ、学園長の力は強大で、彼の力があるからこそ、学園が中立を保てていると言ってもいい。
それほどの強者であり、誰もが畏怖と尊敬を向けている。
「この学園は様々な人種や各国の者たちが集まる中立国である。それは貴殿ら若者の今後に明るい未来が訪れることを願う。多くの大人たちが手を結んだからじゃ。そして、交流を結ぶことで明るい未来を目指してほしいからである。どうかたくさん話をして、たくさん互いを高め合い。手に手を取ってくれ。以上で話を終える」
学園長の挨拶を終えて、入学式は終わりを迎えた。
前途多難な学園生活が始まろうとしていた。




