第九章:画面の向こうの誰かが、祈った
SNSアカウント「@誰でもないわたし」に貼られた、ある画像。
エマの手首と紬の指が重なった写真。
それはふたりにとって“ただの思い出”だった。
けれど――ある人にとっては、強烈な警告に見えた。
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アカウント名は「@3AM_quiet」
投稿は控えめ。だけど、ふたりの過去のポストにさりげなく反応を続けてきた人物だった。
その人から、ある日突然DMが届く。
「ずっと見てた。ふたりとも、言葉じゃない部分で、すごく痛かった」
「ねえ、ただの通りすがりでいい。
でも、あなたたちの“出口”がそれだけじゃないって、伝えたくて」
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最初、エマはそのDMに警戒した。
「何様のつもり?部外者が踏み込まないで」
「わたしたちは、これでいいの」
けれど、その返答を見た紬が、少しだけ“何か”を感じ取った。
その人は、決して否定してこない。
“ふたりの関係”を壊そうとするのではなく、
「その先にある崩壊」から、守ろうとしているようだった。
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数日後。
3AM_quietは、音声ではなく“詩”のような投稿をした。
「この世界には、“言葉を失った人間が、祈るように繋がる”ことがある。
でも、祈りは、届く先が壊れていたら、自分の心も潰してしまうんだよ」
「ふたりとも、消えたくて手を取り合ったんじゃない。
生きたいと思い始めた瞬間に、惹かれあったんだって、気づいて」
それは、紬の胸に静かに刺さった。
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その夜。
紬はエマに言った。
「わたし、もっと…あなたと、ちゃんと居たい」
「壊れるためじゃなくて、ほんとうに、共にいるために」
「“死なない”ために、繋がりたいの。もう、声もあるから」
エマは黙っていた。
でもその表情には、これまでとは違う迷いがあった。
“依存”から“関係”へ――その一歩の入り口が、ふたりの間に見えはじめていた。
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数日後。
3AM_quietの投稿には、こんな一文があった。
「ふたりが生き延びてくれるなら、それだけで今日を越えられる気がする」