第六章:知らない誰かが、私を見た日
アカウント名は、“@誰でもないわたし”。
プロフィールにはこう書かれていた。
「感情が無くても、生きてるってことになるの?」
深夜2時、誰も見ないと思って投稿した。
手首の傷の写真。
消毒されていない、赤黒く腫れた線。
見た人にどう思われるか、なんてどうでもよかった。
数分後。通知が鳴った。
「あなたの写真、見た。――生きててえらい」
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その子の名前は、“エマ”。
同じように家に居場所がないらしく、制服姿の自撮りに大量の痣を隠していた。
DMが続いた。
エマ:「よく投稿してくれた。ずっと無視されてる感じだったから、写真見て安心した」
紬(別人格):「安心って、なんで?」
エマ:「ここにまだ人間がいるって思えた。私もまだ、消えなくていいかもって思ったから。」
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毎晩、DMは止まらなかった。
お互い、どこにも行けない人間だった。
だけど、そこには不思議な“呼吸”があった。
言葉に温度があった。
たとえば――
エマ:「あなたがここにいるの、私だけが知ってる気がする」
エマ:「私も、あなたの中にいさせて。どこにも居場所がないから」
その言葉に、本来の紬が震えた。
布団の中で閉じ込められていた“本物の紬”が、胸の奥で涙を流した。
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別人格は冷静だった。
けれど“エマ”の言葉には、ほんの少しだけ目を細める仕草を見せた。
紬(別人格):「あなた、私を壊す気?」
エマ:「壊したいんじゃない。ほどきたいの。」
その言葉が、二人の心をほどき始めた。
「この子に、触れたい」
「声が出せたら、ありがとうって言いたい」
そして、彼女は初めて――
“その子のことが、好きかもしれない”と思った。
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本来の紬はまだ外に出られない。
言葉も、行動も、別人格に奪われている。
でも、“エマ”の笑顔を見るたび、少しずつ…
体の奥から、自分の存在が戻ってくる感覚があった。
「エマに会いたい」
「この手で触れたい」
「私の声で、“好き”って言いたい」
その感情が、彼女の心を再起動させ始めていた。