第二十六章:言葉にする痛み、聴いてくれる温度
最初の一歩を踏み出したのは、エマだった。
SNSで見つけた、若い女性カウンセラーが主催する
“対人不安・トラウマ向けのオープングループ”。
「紬……行ってみない?無理なら、途中で帰ってもいいから」
紬は不安そうに黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
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カウンセリングルームの空気は、
病院でも学校でもない、“どこでもない場所”のように感じられた。
丸いテーブルを囲む、数人の参加者たち。
エマの手を握る紬の指が、少しだけ汗ばんでいる。
カウンセラーは優しい声で言った。
「ここでは、泣いても黙っていてもいいです。
話したいことがある人だけ、少しずつ話してみてくださいね」
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最初に話したのは、エマだった。
「……わたしは、母に虐待されて育ちました。
そのせいで、言葉を失った時期もありました。
今でも、時々怖くなる。
“自分がまた誰かを傷つけてしまうんじゃないか”って――」
話しながら、エマは紬の指をぎゅっと握った。
そのぬくもりが、次の言葉を支えてくれた。
「でも今は、となりにいてくれる人がいます。
その人に触れてもらうたび、
自分が“生きててもいい”って感じるんです」
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数回目のセッションで、紬も少しずつ話すようになっていた。
「……声が出ないとき、自分が空っぽになる。
でも、わたしが何も言えなくても、
“そばにいてくれる”って言ってくれた人が、初めてできました」
「その人は、わたしを怖がらない。
わたしが暗い場所にいたことを、
“嫌だ”って言わない。……だから、わたしも変わりたいって思う」
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帰り道、ふたりは並んで歩いていた。
沈黙の中に、重くも優しい空気が流れていた。
「紬、今日の話……無理してなかった?」
「ううん。……エマがいたから、話せたんだと思う」
ふたりの影が、夕焼けに寄り添うように並んでいた。
「……エマ、ありがとう」
「わたし、生きててよかったって、最近やっと思えるようになってきた」
エマは小さく笑って答えた。
「わたしも。紬と一緒にいると、
ちゃんと“今”を歩いてるって思えるから」




